小野島大の新譜キュレーション 第5回
牛尾憲輔の『聲の形』サントラは“劇伴”を超えた“残響アート”にーー小野島大が注目作を紹介
今年初頭に傑作ソロ・アルバム『the shader』をリリースしたばかりの電子音楽家agraphこと牛尾憲輔が、京都アニメーション制作の新作映画『聲の形』の音楽を担当。そのサウンドトラック盤『a shape of light』(ポニーキャニオン)は、『the shader』で得られた成果をさらに発展・拡大させた独自のエレクトロニカを展開しています。
牛尾が子供のころから弾いていた実家の古いピアノの、ノスタルジックで静謐な響きやノイズを加工し再構成した、残響アートもしくはノイズ・アートとも言うべき圧倒的に美しく温かく、奥行きのある音像。思春期の壊れそうに切実な心情とひたむきな思いを結晶化したような映画の世界観を見事に表すと同時に、単なる劇伴音楽の域をはるかに超えた秀逸な音響作品でもあります。サントラ盤を見て、映画を見て、原作を読み、そしてもう一度サントラ盤を聴くと感動が何倍にも増すことは請け合い。牛尾にとっても大きな節目となる仕事でしょう。2種類のジャケでリリースされたCDもいいですが、ハイレゾのほうがより作品の世界観をデリケートに感じ取ることができます。
その牛尾とLAMAというバンドを組んでいる元スーパーカーのナカコーこと中村弘二(Koji Nakamura)のNyantora名義の新作が『Texture09』。中村が個人で設立・運営するインディーズ・レーベル/オンライン・レコード・ショップMeltinto>からの一作になります。ここのところネットを舞台にかなり精力的に音源を発表している中村ですが、Nyantoraは中村が22歳のころからやっているアブストラクトでアンビエントなエレクトロニカをやるユニット。初期の音源に比べるとアレンジや構成、音色の練り込みなど、より洗練されたものになっていて、クラシカルやジャーマン・エレクトロニカなど、彼を形作るさまざまな音楽要素が自然に溶け込んだ作品になっています。中村の説明によればベッドルーム・ミュージックとしても機能するように、ということですが、BGMにするにはもったいないような刺激的な楽曲も入っています。中村自らが1枚ずつ作成しているというハンドメイドのジャケに入った9曲入り。
そのナカコーがツイッターで興奮気味に紹介していたのが、ボルチモア出身のシンガー・ソングライター、サーパントウィズフィート(serpentwithfeet)ことジョシア・ワイズ。NYのクィア・ミュージックのシーンから出てきた人ですが、2枚目のEP『blisters』(Tri Angle Records)は、鋭敏すぎる感性と研ぎ澄まされたサウンドが強烈なインパクトです。クラシカルな要素もあるエクスペリメンタルなエレクトロニックR&B、という位置づけでしょうか。アノーニをちょっと思わせる中性的なボーカルと、厚みのある古典的なオーケストレーションとエレクトロニックの融合は、吐き気がするほど美しい。サウンドは全然違いますが、私はシールのデビュー時の新鮮な衝撃を思い出しました。今フル・アルバムがもっとも待たれている大物新人です。
UKベース・ミュージックの鬼才ゾンビー(Zomby)の3年ぶり4作目となる新作『Ultra』( BEAT RECORDS / HYPERDUB)。ブリアル、バンシー、ダークスター、リゼットといったくせ者たちとのコラボを含む全14曲(配信のみのトラックを含む)はダークで耽美的でカッティングエッジな刺激たっぷりのビートが満載です。2枚組大作でやれることをすべて詰め込んだ感のある前作と違い、サウンド面でのとっちらかった散漫さがなくなりまとまりがよくなった分、こちらの方がとっつきやすいでしょうか。ハマると抜け出せないダブ音響の魔術。