My Hair is Badが鳴らす“ロックバンドのやさしさ” さいたまスーパーアリーナに響いた心からの言葉
一方この日は、ヒリヒリとした演奏に手に汗握る瞬間よりも、情感豊かな演奏に引き込まれる場面が多く、そこにバンドの成長を感じた。例えば、「君が海」の終盤、ごくシンプルなリズムを叩いているのに雄弁に感じられるドラム。「卒業」のボーカル、ロングトーンの声の震わせ方で表現する繊細な感情。「予感」と「白春夢」は集中して聴き入っていた人が多かったのだろう、最後の音が鳴り終わったあとも場内は静まり返っていて、みんなして拍手するのが遅れてしまっているのが印象的だった。そういったハイライトを担う曲が共に最新曲だったことも特筆しておきたい。
何というか、「ドキドキしようぜ!」の種類が増えたような感じだ。曲が持つ匂いや湿度、空気の流れを立ち上がらせる演奏は、私たちの想像力を掻き立てる。この日の「フロムナウオン」で、心は自由だ、本当はもっと広いんだ、としきりに叫んでいた椎木。ライブを楽しむにも今まで通りにはいかない世の中だ。感染症がなくとも、周りの目を気にしてはみ出さないよう怯えがちな日々だ。そんななか、誰にも侵されない自由があなたの中にあるとこのバンドは教えてくれている。危なくて不安定で儚いのは人の感情も一緒だが、だからこそ、心が動けばその先に未知の世界が待っていると。「僕らが全力で何かやることで誰かがちょっとでも前を向けたり、喜んでくれる瞬間があれば、やってる甲斐があるなって思う。……真面目になっちゃったけど、元気出してほしいなってこと!」(椎木)という素直な言葉には驚かされたが、その言葉通り、今のマイヘアには、ここにいる全員を未来へ引っ張っていこうとする意志がある。距離を感じさせないほど生々しい音を聴けば、それをやれる腕っぷしがあることも分かる。いつの間にこんなにデカいバンドになったのだろうか。ここで言う“デカい”とは、無論、会場のキャパシティのことではない。バンドとしての器、すなわち、やさしさの話だ。
マイヘアのライブに来たことがあるか観客に尋ね、初めてではない人が多いことが分かったところから「常連多め」「愛されてる店」「今日は12-18時シフト」と会話が転がっていったり、このキャパなのにオフマイクでも声が通る山田にツッコミを入れたり……と、何てことない3人のやりとりがやたら微笑ましく感じられたのは、ライブそのものがよかったからだろうか。愛と覚悟を持って、覚醒していくバンドの姿を目撃した。
■蜂須賀ちなみ
1992年生まれ。横浜市出身。学生時代に「音楽と人」へ寄稿したことをきっかけに、フリーランスのライターとして活動を開始。「リアルサウンド」「ROCKIN’ON JAPAN」「Skream!」「SPICE」などで執筆中。