松浦亜弥は、なぜ国民的アイドルに? ネガティブな世の中で生まれた“救世主・あやや”の存在

空気を読みつつ頑固に自分を貫いて作り上げた「あやや像」

 当時のアイドルシーンはいろいろと変革期でもあった。モーニング娘。は『うたばん』(TBS系)や『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(フジテレビ系)などバラエティ色の強い歌番組に積極的に出演。ぶっちゃけトークにも対応できて、体を張るようなコーナーもうまく乗り切り、時にはアイドルらしからぬ一面ものぞかせた。でも、素顔に近い振る舞いがウケた。SUPER MONKEY’S、SPEED、東京パフォーマンスドールあたりも、王道系や清純派と呼ばれる路線とはまた違うアクティビティを感じさせた。

 1980年代後半から1990年代にかけて正統派な歌番組が少しずつ減少し、アイドル歌謡が衰退。森口博子、山瀬まみ、松本明子、渡辺満里奈、加藤紀子といった、大物芸人を相手にしても適応できる「バラドル(バラエティアイドル)」が重宝されたこともあり、「歌って、踊って」だけではなく、ライブ系アイドルであっても「歌って、踊って、喋れる」が求められていた。そう言う意味では当時の洋楽、邦楽のロックシーンのように、アイドルシーンにもオルタナティブな雰囲気が漂ってきていた。

 だが、松浦は一貫して「ザ・アイドル」だった。たとえばMVで松浦本人が何役もこなし、彼女しか出てこない内容が多いところは、その唯一無二のアイドル性をあらわしているように思える。「トロピカ〜ル恋して〜る」のMV内での花柄のチューブトップとショートパンツでテニスをする模様も、とびっきりキラキラしている。「Yeah!めっちゃホリディ」のMVでのコスプレや〈ズバッとサマータイム〉という歌詞の言い回しと振り付けの照れのなさ。モー娘。の石川梨華、加護亜依と組んだユニット・三人祭のときの典型的なアイドル表現。どこを切り取っても、まるで嘘みたいに「アイドルらしいアイドル」として魅せていた。

 バラエティ系歌番組だろうが何だろうが、アイドルとしての顔は一切崩さなかった。大人メンバーもいたモー娘。にとんねるず、ダウンタウンが下ネタを振ればそれ相応のリアクションがあったのに対し、松浦はそういった話題を一切寄せ付けない。『松浦亜弥のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)の「ニセ女のコ川柳」のコーナーでは、下ネタ投稿に対して松浦がバサバサと切り捨てていくところが印象的だった。

 藤井隆がMCをつとめていた番組『Matthew’s Best Hit TV』(テレビ朝日系)に出演したときの松浦は、いきいきとしていた。藤井自身がもともと松田聖子らへのリスペクトが強く、そういった王道アイドルをモデルにしたキャラクター作りをおこなっていたこともあり、松浦は彼の前では自分が目指すアイドル像を出しやすかったのではないか。松浦出演回は、番組全体がアイドル的世界で埋め尽くされていた。松浦にもっともフィットしていた番組であったように記憶している。

 書籍『南海キャンディーズのハート泥棒 アイドルに恋して』(2008年)のなかで松浦は、幼少期に父親から「お前、空気読めよ」と口すっぱく注意され、育てられたと語っている。同書内で「うちの父親の仕事場によく連れていかれたんですね。で、目上の方との接し方を学べと。みんなが一生懸命働いている時に、お前だけワーワーはしゃいでていいのかと」と思い返し、理想の男性像についても「いっつも「空気読め!」と怒られていたので、私は空気を読める人じゃないとムリですね」と話している。

 松浦は、自分が周囲に求められているアイドル像を理解し、その空気を読んで、ブレることなく王道アイドルをやりきっていた。逆に、その点では頑固な性格もうかがえる。松浦と小貫信昭の共著『亜弥とあやや』(2004年)では、上京してアイドル一本でやっていこうとする松浦に対し、父親が「せめて高校は卒業しよう」と説得するも、「でも「あたしは今したいんだ」と。「ごめんねー、頑固なところはパパに似たんだよ、ホントごめんね」とか言いながら」と押し切ったという。

 さらにその頑固さゆえに、限定ユニットであればお祭り感覚で楽しめるが、グループアイドルには抵抗があるとも述べている。グループの一員になると、他のメンバーに気を使ってしまい「ここは私が引いておこう」となるだろうと語り、「グループよりも一人の方が大変なところもあるけれど、大変だけど、ちゃんと自分の考えを出せる方がいいなって思います」と周りに左右されず、自己ブランディングを徹底していると口にする。  空気を読みつつ、頑固な一面もあってこそ「あやや」は作られたのだ。

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