小林私という興味深い存在ーーたった一人でやりきったWWW初ワンマン 人を引きつける剥き出しの歌声と予測不可能な展開

小林私、WWW初ワンマンを観て

 小林私、という人物をご存知だろうか。1999年生まれ、現役美大生の男性シンガーソングライター。時節柄ではなく、元々の趣向として、YouTubeでの音楽活動を積極的に展開。そこではオリジナル曲を披露しているほか、アコースティックギター弾き語りによるカバー動画も多数アップしているし、ゲーム配信なども行っている。なかでも、てにをは「ヴィラン」のカバー動画は125万超の再生回数を記録。YouTubeアカウントのチャンネル登録者数は8万人に達している。

小林私(写真=みてぃふぉ)
小林私

 新レーベル<easyrevenge records>に所属している小林は、いわゆるインディーズアーティストだが、すでに多くのファンを抱えていることが窺える。今年6月にはシングル「生活」を、そして7月には「悲しみのレモンサワー」をリリース。10月28日にはカバーアルバム『他褌(あだみつ)』を全国のヴィレッジヴァンガードにて発売するほか、来年1月にはオリジナルアルバムを発表予定だ。

 そんな彼が10月9日、初のワンマンライブ『文化的越冬の支度』を開催した。会場は渋谷WWW。感染症対策のため、観客の数は制限されていたものの、チケットはソールドアウト。残念ながらチケットを購入できなかったファンは生配信でライブを見届けた。開演前、まだ誰もいないステージには、マイク、アコギ、小さなテーブルがあるのみ。サポートメンバーを迎えず、たった一人でこのステージを完遂させようとしていることが読み取れる。

小林私(写真=みてぃふぉ)

 実際、たった一人でやってのけた。アンコール込みで18曲、時間にして1時間40分。本編ラストに演奏された2曲は同期に伴奏を任せるスタイルだったが、それ以外のほとんどの曲は自身の歌とアコギの演奏のみで魅せた。基本は低音域のハスキーボイスで、憂いを感じさせる声色。口の中で飴玉を転がすように、言葉を舌の上で転がすかのような母音の発声が特に独特であり、さらに低音域に潜り込んだとき、あるいは高音域を地声で張り上げたときには喉を鳴らすようにして声を出す。

 何というか、内臓の奥に腕を突っ込んで、粘膜もろとも引きずりだしたみたいな、剥き出しの歌声だ。そして、彼の曲には“悲しみ”の美しさを丁寧に描いたものが多い(日本語の響きを大事にしようというこだわりも感じる)。美しい言葉選びと、美しいだけでは済まない感情を表現するものとして機能する歌。それを生で体感したときの衝撃は大きかった。自分の場合、正直、インターネット上でどれだけ人気を集めているアーティストであろうと、生でライブを観るまでは信用できない節がある。なぜかというと、イヤホンで聴いたときには素晴らしく感じられた歌が、ライブハウス会場全体を震わせることができるとは限らないからだ。しかし小林の歌は生でも新鮮味を失っていなかった(むしろ増していた)こと――そして1曲目「悲しみのレモンサワー」が歌われるや否や、ぐっと集中していた観客の様子を見る限り、引き込まれていたのは自分だけではなかったことは特筆しておきたい。ライブ経験自体がまだ浅いため、のびしろは大きいが、確かなポテンシャルを感じることができた。

小林私(写真=みてぃふぉ)
小林私(写真=みてぃふぉ)
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 オリジナル曲の構成的には、“Aメロ→Bメロ→サビ”的な歌謡曲マナーを踏襲したものが多く、哀愁ある自身の声色を活かすためか、現状、マイナーコードのものが多い。一方、メロディの詰め方からはボーカロイド文化からの影響を感じられたし、「共犯」のように、ヒップホップのフロウを彷彿とさせるパートを含む曲もあった。おそらくルーツは幅広いため、ここからキャリアを重ねるにつれ、曲のバリエーションが広がっていくことに期待したい。

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