【全3回】トラップミュージック史(3)多様化と全米制覇 インターネットでの隆盛の先に広がる未来

Raider Klan周辺から誕生した「エモラップ」の流れ

XXXTentacion『17』
XXXTentacion『17』

 Kodak Blackは、Drakeがラジオ番組で注目しているラッパーとして名前を挙げたことがブレイクのきっかけとなった。それ以前にもFutureやMigosなど、Drakeは多くのラッパーをフックアップし、ブレイクに導いていった。しかし2017年、逆にDrakeに噛みつくことで注目を集めたラッパーが登場した。そしてこのラッパーが後に、トラップの歴史に名を残すアーティストに成長していくこととなった。

 Drakeが『More Life』(2017年)収録曲「KMT」をプレビューした際に、フロリダ出身のラッパーのXXXTentacionは自身の2015年のシングル「Look At Me!」からフロウを盗用していると主張した。XXXTentacionは少年院で知り合ったラッパーのSki Mask The Slump Godから影響を受けてラップを始め、Denzel Curryの周辺から登場したラッパー。Raider Klanからの流れを汲んだ、ローファイでパワフルなトラップ系のラッパーとして知られていた。この騒動を機に、XXXTentacionは一気に注目を集め、2017年には1stアルバム『17』をリリースした。

 多くのリスナーの中ではエネルギッシュなトラッパーとしてのイメージが強かったXXXTentacionだが、『17』は全く異なるサウンドに仕上がっており、大きな衝撃を与えた。トラップ的な要素も踏まえつつもインディロックなどからの影響も含んだエモーショナルなその音楽性は“エモラップ”と呼ばれ、XXXTentacionはカルト的な人気を獲得。その後も数々のゴシップと共に、終わりに向けて生き急ぐかのように突き進んで行った。そして、時期を前後してもう一人の奇才がシーンに登場し、“エモラップ”のムーブメントは本格的に隆盛していくこととなった。

 Denzel CurryやRonny Jを生んだRaider Klanは、インターネットによってエリアを問わず繋がり拡大していったコレクティブだった。解散後、元メンバーのJGRXXNはまたRaider Klanを思わせるような大きなコレクティブを結成した。SCHEMAPOSSEと名付けられたそのコレクティブには、Three 6 MafiaのDJ Paulの親族にあたるデュオのSeed of 6ixも参加。メンフィスヒップホップの影響下にある音楽性で、Raider Klanファンを中心に人気を集めた。

 SCHEMAPOSSEに所属していたラッパーの中に、NY育ちの白人ラッパーのLil Peepがいた。初期のLil Peepはメンフィスマナーのドロドロとしたラップも聴かせていたが、徐々にエモーショナルな歌フロウに傾倒。2016年にSCHEMAPOSSEから離脱し、別のコレクティブに加入しそのキャリアを進めていった。

 Lil Peepが2016年に加入したLA拠点のコレクティブ、GOTHBOICLIQUEにはユニークなメンバーが集まっていた。Shabazz PalacesのIshmael ButlerとSWVのCokoの息子でラッパーのLil Tracy、Raider KlanのKey Nyataの作品などに参加していたMackned、インディロックバンドのTigers Jawでボーカルとして活動していたWicca Phase Springs Eternal……などの面々が集まった同コレクティブは、インターネット上で大きな人気を集めた。

 中でもLil Peepはロック的な音使いを取り入れたミックステープ『Hellboy』(2016年)で注目を集め、エモラップの旗手として人気アーティストへと成長していった。2017年には1stアルバム『Come Over When You're Sober, Pt. 1』をリリース。Lil Tracyも参加した「Awful Things」も話題を呼び、XXXTentacionと共にエモラップ旋風を巻き起こした。

 しかし、Lil Peepは2017年に薬物の過剰摂取により惜しくも他界。さらにXXXTentacionも2018年リリースの2ndアルバム『?』後に銃撃に遭い、帰らぬ人となった。急速に人気を集めていた真っ只中で世を去った2人のアーティストは、かつての2PacやThe Notorious B.I.G.などにも匹敵する現代のヒップホップのアイコンとなった。

フロリダの悪童たち

 XXXTentacionが注目を集めると、その周辺のフロリダのシーン全体にスポットライトが当たった。2015年にXXXTentacionをフィーチャーした「Live Off A Lick」を発表していたSmokepurppもその一人だ。

 Smokepurppは、Chief Keefから影響を受けたというアドリブや間を活かしたラップスタイルの持ち主。近いラップスタイルを持つ周辺人物のLil Pumpと共に人気を集めた。Lil Pumpが2017年にリリースした「Gucci Gang」は、異様にキャッチーなフックで爆発的なヒットを記録。お騒がせなキャラクターでゴシップも賑わせ、大ブレイクを果たした。

 ドラッグの使用をラップすることの社会的な悪影響や、ゴシップによる話題作りなどで敵も多かった彼らを含む新世代の人気ラッパーは、数多くの批判も受けることとなった。その中の一つに、ノースカロライナ州のコンシャス派ラッパー、J. Coleからのディスがあった。SmokepurrpとLil Pumpは2018年に「Fuck J. Cole」で応戦。その後Lil PumpとJ. Coleは話し合いを通して和解。ソウルフルなサウンドを中心に扱い、客演数も少なかったJ. Coleだが、これ以降はMoneybagg Yoなどのトラップ系作品への客演が増加していった。

トラップの未来は?

 A-Dam-Shameらが生み出し、T.I.が広め、Young Jeezyがブランド化し、Gucci Maneが育てたトラップ。この音楽はアトランタから始まり、フロリダに支部を作り、ついには全米のサウンドを塗り替えた。これからのトラップは、スターによる作品の傾向を見る限り、地元やルーツへの回帰に向かっていくのではないだろうか。

 両親がカリブ系でラテンのルーツを持つCardi Bは、2018年のアルバム『Invasion of Privacy』収録の「I Like It」で、ラテン・トラップを取り入れた。メンフィスで生まれたDrakeは、Three 6 Mafiaなどからの影響が色濃いメンフィスのプロデューサーのTay Keithをフックアップし、DJ Paulと共に自身の作品『Scorpion』(2018年)に起用。Travis Scottは『Astroworld』(2018年)で、テキサスのヒップホップへのオマージュをふんだんに盛り込んだ。MigosのOffsetはソロアルバム『Father of 4』(2019年)で、Dungeon FamilyのBig RubeやCee-Lo Greenをフィーチャー。Denzel Curryはアルバム『ZUU』(2019年)で、フロリダに根付く早回しリミックス手法を取り入れ、2曲で声ネタを早回ししたフックを導入した。以前からBPMとフロウをMigos以降のトラップに寄せたブーンバップを作っていたNYのGriselda一派も、Roc NationやShadyと契約を果たすなど注目度を高めてきている。

 2003年のT.I.「Trap Muzik」をトラップ元年とするなら、すでに誕生して17年を迎えたトラップ。Matt Oxなど、すでにトラップの誕生以降に生まれたラッパーも登場している。これからも世界のサウンドを牛耳る音楽の王者であり続けるのか、それともどこかでこれを越えるムーブメントが起こるのか。これからもトラップ、そしてヒップホップから目が離せない。

■アボかど
91年生まれ、新潟県出身・在住のG愛好家。音楽ブログ「にんじゃりGang Bang」を運営。
Twitter

トラップミュージック史【全3回】

(1)サブジャンルとしての誕生とメインストリーム進出の背景
(2)全米に広がり変化したサウンドの定義、FutureやMigosの台頭
(3)多様化と全米制覇 インターネットでの隆盛の先に広がる未来

<参考>
Complex「Born In The Trap」
ときチェケ「Futuristic whatever」
Complex「Symphony in Trap Major: The Uninterrupted Output of Atlanta's Zaytoven」
MTV「GUCCI MANE IS MIXTAPE DAILY'S ARTIST OF THE YEAR」
Complex「Interview: Drake Talks Kanye West Comparisons, Ghostwriting, and 'So Far Gone'」
Complex「Who Is Denzel Curry? The Florida Rapper, More Than the Sum of His Influences, is Poised to Break Big」
Fader「Meet Ronny J, the aggro rap producer rupturing eardrums」

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