DJ Screw、OG Ron CからT-Pain、Solangeまで……現行の音楽を追う上で外せない「チョップド&スクリュード」の歴史

 現行の音楽を追っていると、いたるところで耳にする言葉「チョップド&スクリュード」(以下スクリュー)。ターンテーブルを使って回転数を落とす「スクリュード」と、二枚使いで半拍ずらして反復する「チョップド」の二つの要素を軸にしたDJの技法だ。基本はこの二つだが、各種エフェクトやマッシュアップなどを取り入れることもある。

3人のDJが牽引していったスクリュー

 オリジネイターはヒューストンのサウスサイドを拠点に活動していたDJ Screw。スクリューは、DJ Screwらが1990年代に始めた技法だ。当初は「スクリュード&チョップド」と現在と語順が逆で呼ばれることも多かったDJ Screwのスクリューは、スロウにすることで生まれる粘っこいファンクネスを強調するようなもの。選曲もファンクの匂いがするものが中心で、DJ Screwの周辺に集まったラッパーたち=Screwed Up Click(以下SUC、ヒップホップクルー)もまた、ファンキーなものを好む傾向にあった。スクリューはDJの技法という特性上、初期はミックス形式のものが中心だったが、次第にアルバムにスクリューバージョンの楽曲を収録するラッパーや、アルバム1枚丸ごとスクリューしたバージョンをリリースするラッパーも現れた。1998年にはテキサスのラッパーのSPMことSouth Park Mexicanが、アルバム『Power Moves: The Table』をレギュラー盤とスクリュー盤の2枚組でリリース。スクリューはそのユニークさやリリックの聞き取りやすさ(そのため、早口ラップやストーリーテリング系の曲が好まれた)で人気を集め、テキサスのヒップホップを代表するサウンドの一つとしての立ち位置を確立した。後述するDJ Michael “5000” WattsやO.G. Ron C.、和歌山出身で1996年頃にダラスに渡ったDJ Princess Cutら、DJ Screw以外にも多くのDJがスクリューミックスを制作していった。このように地元に根付いて人気を集めたスクリューだったが、DJ Screwは仲間たちとインディペンデントな活動を行うことを望んだこともあり、テキサス外でのその人気は「知る人ぞ知る」ようなものだった。

 DJ Screwは「シザーブ」または「リーン」と呼ばれる、咳止めシロップを酒で割った紫色のドリンクを好んでいた(※主な成分はコデイン)。スクリューはシザーブを摂取して聴くとより気持ち良さが増すと言われており、この二つの文化は密接に関わっているものとされていた。SUCの準メンバー的な存在であったテキサスのラップデュオ・UGKがメンフィスのラップグループ・Three 6 Mafiaのヒット曲「Sippin’ On Some Syrup」に客演で参加するなど、SUCやテキサスのラッパーはシザーブをトピックにした曲を多く発表していった。しかし、体を蝕むドラッグであるシザーブは、多くの悲劇を生み出した。その一つに、オリジネイターであるDJ Screw死去があった。2000年のできごとだ。

 DJ Screw亡き後、スクリューシーンのトップに立ったのは、ヒューストンのノースサイドを拠点に活動するDJ Michael “5000” Watts(以下Michael Watts)だった。Michael Wattsのスクリューは、チョップド多めでパンチラインの反復やエフェクト、スクラッチも多用した、いわば「盛り上げるスクリュー」。選曲もDJ Screwと比べてバウンシーな方向性だった。またMichael Wattsは外に向けた発信にも積極的で、David Bannerなど他エリアのアーティスト作品のスクリューも手掛けていった。2001年には8Ball & MJGのアルバム『Space Age 4 Eva』のスクリュー盤を手掛け、スクリュー初のメジャー流通を成し遂げた。

 また、同じスクリューDJのOG Ron Cと共に立ち上げたレーベルの<Swisha House>にも、Paul WallやSlim Thugら優秀なラッパーが集まっていった。スクリューの音楽性や<Swisha House>がDJ ScrewとSUCの模倣だとして、一時サウスサイド側からの批判を受けたこともあったが、Michael WattsとOG Ron CはDJ Screwへの敬意を示し続けたこともありビーフは沈静化。スクリューミックスを制作する際も、「スクリュード&チョップド」という言葉はDJ Screwだけが使っていいものとして、Michael Wattsは「Michael “5000” Watts Remix」や「Swisha House Remix」など、OG Ron Cは「Chopped Not Slopped」という名前を用いていった。ノースサイド(=Swiash House)とサウスサイド(=SUC)のビーフが解消されると、SUCのオリジナルメンバーであるLil’ Kekeが<Swisha House>に加入するなど交流も深まり、ヒューストンのヒップホップは強力な地盤を固めていった。

Mummy Club – Afterlife Swishahouse Mix by DJ Michael “5000” Watts
Young Thug – Power (Chopped Not Slopped by Slim K)

 2005年頃には<Swisha House>所属ラッパーのMike Jonesが自身の携帯電話番号をラップする破天荒なプロモーションでブレイク。ヒューストンのヒップホップはメインストリームに浸透していった。Mike Jonesは同じフレーズを繰り返すラップも特徴で、スクリューの「パンチラインの反復」を人力で行っていたラッパーとも言える。また、この頃のテキサスでは過去の楽曲の一部から声ネタをサンプリングしてループしたフックが流行していた。声ネタをサンプリングすることには、故人の追悼や過去の名曲に再びスポットライトを当てる目的があったと言われている。声ネタは低速化して使うことも多く、Mike Jonesもヒット曲「Back Then」で自身の「Still Tippin’」でのラインを低速化して使っている。低速化した声によるフックはスクリューの部分的な使用方法として人気を集め、多くのアーティストがこれを取り入れた楽曲を発表した。また<Swisha House>勢のブレイクと前後してiTunes Storeでもスクリュー盤が販売されるようになり、スクリューの人気はいよいよ全米へと広がっていった。

 破竹の勢いで進んでいったヒューストンのヒップホップだったが、UGKのPimp Cが2007年に命を落としたこともあり、その勢いは長くは続かなかった。フロリダのシンガー・T-Painが2008年にリリースした「Chopped ‘n’ Skrewed」での客演ラッパーが、テキサスのラッパーではなくアトランタのLudacrisであったことからも、その勢いの失速が感じられる。また、「チョップド&スクリュード」は“ナンパした女性に冷たくあしらわれる”というような意味のスラングであり、それをテーマに据えて音楽面でもスクリューの要素を導入した同曲がヒットした頃から、スクリューは「スクリュード&チョップド」と表記されることが減り、「チョップド&スクリュード」という呼び方が定着していった。

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