ボブ・ディラン、8年ぶりオリジナル新曲を徹底解析 アメリカ現代史を振り返る壮大な鎮魂歌に秘められたもの

 ボブ・ディランとThe Rolling Stonesという二大ロック巨頭が、コロナウイルス下の世界に向けて新曲を発表した。「タイミングよくスターが、調子よく曲を出すな」と思う向きもいるかもしれない。僕が思い出したのは1960年代後半の激動の時代だ。あの頃、世界は揺れ動いていて、The Beatlesが「All You Need Is Love(愛こそはすべて)」「Revolution」、The Rolling Stonesも「We Love You(この世界に愛を)」「Street Fighting Man」といったメッセージ性の高い曲を出していた。かつてロックは時事に対応した存在だった。今回の大物のメッセージもまさにそんな雰囲気を彷彿とさせる原点回帰の感覚を持っているな、と。この共時性は貴重なものだ。世界が同時に何かショッパイものを味わっている時の、筋金入りのアーティストからの言は一聴に値する。音のはしばしに、半端ない緊張感が憑依している。彼らはかつての哲学者や文学者達に成り代わった「賢者」かもしれない。

 とはいっても難解なディランの詞を無理に理解する必要はない。その昔ディランの「Like a Rolling Stone」という最大のヒット曲が流行った時、日本人でその詞を正確に理解していた人はほんの一握りじゃなかろうか? みんな煽情的なディランの「ボーカルの響き」に酔っていたのであって、内容なんか知ったこっちゃなかった。

Bob Dylan – Like a Rolling Stone (Audio)

 それでいいのである。ディランもストーンズも、理屈よりも「流行り歌」「ポップス」なのだ。本人達もそう思ってる。「まずは内容なんかいい、とにかく聴いてくれよ」と。心をまっさらにして楽しみ、この不思議な時代に共鳴する楽曲の響きに酔いしれていただきたい。とはいえ詞にアプローチすると、楽しみは倍増する。

ボブ・ディラン「Murder Most Foul(最も卑劣な殺人)」

 まずはディランが「皆さん、どうか安全に、油断せず、神とともにあらんことを」というコメントと共に3月27日に発表した新曲第一弾「Murder Most Foul(最も卑劣な殺人)」について調べよう。

 近年アメリカを代表する楽曲のカバーアルバムが続いたディランとしては、オリジナルの新曲はなんと8年ぶり。そして17分近くに及ぶとんでもなく長尺の曲だ。こぼれるようなピアノと、バッハ曲のように通低音を奏でるチェロの響きが限りなく美しく、サウンドを聴いてるだけでウットリしてしまう。ある意味アンビエント音楽だ。癒しの響きだ。

 ディランの長尺曲というと6作目『Highway 61 Revisited(追憶のハイウェイ61)』(1965年)の最後に入った曲「Desolation Row(廃墟の街)」を思い出す。そちらでさえ、11分だから、いかに今回が長いかわかる。

 ストーンズのキース・リチャーズは、ディランとの初対面に際し、ディランにこういわれたという。「俺には『(I Can’t Get No) Satisfaction(サティスファクション)』が書けたけど、君には『Desolation Row』は書けなかったろう」ーーそれだけ、ノーベル賞作家、ディランは「Desolation Row」に思い入れが深かったということだ。ストーンズもその後「Like a Rolling Stone」をカバーしたり、ライブゲストに呼んだり、仲は問題ない。

Bob Dylan – Desolation Row (Audio)
The Rolling Stones – (I Can’t Get No) Satisfaction (Official Lyric Video)

 ディランの長い詞が始まったのは、1965年の初頭に初めてエレキ化した曲「Subterranean Homesick Blues」。曲は短いが、マシンガンのようにラップ調に歌う曲で、詞は以前の3倍量になった。その詞は〈ジョニーは地下室でクスリを調合している〉というとんでもない内容から始まる。それまでの上品なプロテスト伝道者ぶりをかなぐり捨て、ハグレ者、ヤクザみたいな若者の巷を描いた詞だった。そこには激しいロックのストリート感覚があった。ビデオクリップにはビートニク詩人の大物、アレン・ギンズバーグが登場していることから、社会のアウトロー、はみだし者が作り出した路上文学、ビートニクを強く意識したと考えて間違いない。〈彼らは絞首刑を描いた絵ハガキを売り、パスポートを茶色く塗っている〉という言で始まる「廃墟の街」の世界観は、シュールで終末的だが、ロードムービー風に場面が次々と移動して描かれているところが、ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』のようにビートニク風だ。そして、歌も語りっぽくなり、ビートニクの伝統、ポエトリーリーディングに近づいた。

Bob Dylan – Subterranean Homesick Blues

 今回の「Murder Most Foul」も、その系譜を正統に継いでいる。カメラが次々と移動するように、視点も大きく場所を変えていくことに注目したい。まるで映画を見ているように、情景が変わり、エピソードが挿入されていく。ボーカルはもはや、達観したモノローグだ。そんな仕組みになっている。黄泉の国のリアル版の「廃墟の街」といってもいい。まずはバーチャルな旅映画を見ているような気持ちで聴いてみよう。

Bob Dylan – Murder Most Foul (Official Audio)
※画面右下の「設定=歯車の形ボタン」をクリック、現れた選択肢で、字幕ー日本語を選ぶと、中川五郎の日本語字幕付きで見られます

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