ボブ・ディラン、8年ぶりオリジナル新曲を徹底解析 アメリカ現代史を振り返る壮大な鎮魂歌に秘められたもの

 題材は、1963年11月22日に起こった、ケネディ大統領の暗殺だ。現代史を塗り替えた忌まわしい事件だった。それまで希望に溢れていたアメリカを一気に暗転させ、世界中が大きなショックで包まれた。その憂鬱はその後、晴れることはなかったといえるほど、歴史に傷跡を残した。つまり、第二次世界大戦後では、最も影響力の大きな事件だったと言っていい。今回のタイミングでこの曲の発表を決断したのは、コロナ禍がそれに匹敵し得る(あるいはそれ以上の)歴史的節目とディランが考えたからだろう。

 歌詞は、まずオズワルドによって銃撃される、そのシーンから始まる。〈絶好調の日は死ぬにももってこいの日〉など、含蓄の厳しい表現が満載。〈彼〉〈あなた〉〈わたし〉という言葉がケネディを指しているのか? 犯人を指しているのか? 意図的にパートによって入れ替わっている。英語は日本語と違って主語を追う言語だが、この詞では主語で物語を追うことは不可能だ。どうしてだろう? それは「しょせん人間のすること」だからではないだろうか? 単純な人間の断罪など、ディランはしない。あまりにも悲惨だったこの事件について「神の視点」のように描いているのだ。それは〈とんでもなく多くの人たちが見守っていたが、誰一人として何も見えていなかった〉という一文に明らかだ。人間に光景は見えても、その真実について何も見えてなかったという意味だろう。

 そして最初の芸能人、ウルフマン・ジャックが登場する。ケネディが活躍した当時のラジオを代表するDJで、小林克也の大先輩。映画『アメリカン・グラフィティ』(1973年)にも登場する若者のシンボルだ。この後、ウルフマンがDJをやりながら、曲を紹介するように、ケネディ以後のポップスの名曲やアーティストが登場していく。

 まずはThe Beatlesだ。〈ビートルズがやって来る、「抱きしめたい」って彼らがあなたの手を取るよ〉と。ビートルズのブレイクは、英国では1963年だが、この詞の舞台である米国では1964年以降。つまり話は、ケネディの死後になる。

The Beatles - I Want To Hold Your Hand - Performed Live On The Ed Sullivan Show 2/9/64

 この〈あなた〉をどうとるかも問題だ。ケネディなのか? それとも民衆である聴衆か? どちらにせよ、話はケネディの没後へも漕ぎ出したことは間違いない。

 続いて、ウッドストック、アクエリアス(ミュージカル『ヘアー』の主題歌)、オルタモントと一気に、1969年のロック文化爆発に言及。〈いい時代よこのままいつまでも〉とは歌うが、ケネディ暗殺以降に、あてもなく漂流した米国の作り出した状況なんだな、と当時を知る聴衆は思い出させられる。

 〈ダラスがあなたを愛していないなんて言わないで、大統領殿〉という一節から、詞がケネディから目を逸らしてないことが解る。ダラスは右寄りの危険な地域ではあるのだ。〈三重の立体交差のいちばん下の道まで何とか行ってみるんだ〉は検証しないとわからないが、ケネディのパレードが通る予定の道路にある場所だろうか?

 〈Don't ask what your country can do for you/国が自分に何をしてくれるかなんて聞くもんじゃない〉という詞は「Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country」という有名なケネディの演説からとられてる。「国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何を成すことができるのかを問うて欲しい」というケネディの有名な言を挿入し、まるで霊が語っているかのような効果を出している。

 〈ディーレイ・プラザ、左手に曲がる〉という部分は、ケネディ大統領が狙撃された場所にある公園で、車の行方を描いている。〈わたしは十字路に向かっている、旗を掲げて進んで行こう/信頼と希望と慈悲とが死に絶えた場所へと〉と死に向かう悲痛な状況が描かれる。

 〈いったい何が真実で、それはどこに消え去ってしまったんだ?/オズワルドとルビー(オズワルドをさらに暗殺した男)に聞くがいい、彼らは知っているはず(中略)仕事は仕事、そしてそれは卑劣なことこの上ない殺人〉という一節こそ、この詞の趣旨だろう。ケネディが造り出した理想の火、真実に向かっていると思われた道は砕かれた、その営みは金で雇われた仕事だ、ということ。卑劣極まりない仕事だ、と。

 さらに〈わたしたちは通りを進んで行く、あなたが暮らしている場所から続いている通り〉とケネディを乗せた車は、あくまで僕らの生活している場所の上を走っているのだが、そこでは〈彼らは彼のからだを切断し、彼の脳みそを取り出した/それ以上どんなひどいことができるというのか?〉と、非日常のヒドい世界が繰り広げられている様を語る。〈パークランド病院まで、あとたった6マイル〉と、ケネディが入院する病院が登場、この詞が地理的にケネディの死の道行きを追っていることが確認できる。

 そして〈ニュー・フロンティアまでたどり着けそうもない〉と歌う。ケネディが掲げた政策の名前で、公共の利益、国力の強化、進歩を実現しようという理想社会。ドナルド・フェイゲンも「The Nightfly」で歌った。

ドナルド・フェイゲン「The Nightfly」

 〈What's new, pussycat? What'd I say?/何かいいことないか子猫チャン? わたしは何て言ったのかな?〉と、2年後の1965年のトム・ジョーンズによる映画サントラのヒット曲と、4年前の1959年のレイ・チャールズによる大ヒット曲名が並べられ、閑話休題的に問いかけ「国家の魂が引き裂かれたとわたしは言ったんだ/そして腐敗と衰退へとゆっくりと向かい始めたと〉と、ディランの決定的な見解が述べられる。

What's New Pussycat?
Ray Charles - What'd I Say (Official Audio)

 ここまで読み込めば、詞の仕組みが解るだろう。狙撃されたケネディの車を追いながら、その後のアメリカの漂流を、ポップス曲を引用しながら、タイムマシンのようにマルチアングルで描いていく。ジョン・リー・フッカー、Eaglesのドン・ヘンリー、グレン・フライ、The Beach Boysのカール・ウィルソン、ジャズのオスカー・ピーターソン、スタン・ゲッツ、アート・ペッパー、セロニアス・モンク。サザンロックのThe Allman Brothers Bandはギターのディッキー・ベッツと、『Eat a Peach』に含まれた代表曲「Blue Sky」という曲名まで出てくる。ヒット曲満載の映画『アメリカン・グラフィティ』のようではないか?

The Allman Brothers Band - Blue Sky (Live at Great Woods)

 死んだ人も生きている人の曲も併置である。どれもアメリカ感覚満載のアーティスト。ディッキー・ベッツとその曲に至っては、ディランのフェイバリットなのではないか? ダラス・ラブフィールド空港というケネディが到着した空港から、二度とケネディが離陸することはないと語られ、最後は「Misty」をはじめ、1930年代から50年代、アメリカが前に向かっていた時代の曲を洪水のように挙げて鎮魂していき、エンディングへと向かう。

 ディランの生涯のラストスパートで発せられた曲が、アメリカの現代史への壮大な鎮魂曲なのであった。死を正しく見つめることなくして、前に進むことはできない、というディランのメッセージが聴こえてくる。米『ビルボード』誌によるチャートで自身初となる1位を獲得している。

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