ずっと真夜中でいいのに。の音楽は、なぜ心の深い部分を掴むのか 『潜潜話』に投影された現代を生きる“僕ら”の姿

ずっと真夜中でいいのに。『潜潜話』

 「ずっと真夜中でいいのに。」ーーそう聞くと、何を思い浮かべるだろうか。日曜の夜、真夜中でも煌煌と光る新宿・歌舞伎町のネオンを見ていたら、私もそんな感情になった。このまま夜が明けなければいいのに。そんな諦めに似た願いをアーティスト名にしたのが、今注目のアーティスト、通称・ずとまよである。ずとまよは昨年6月、印象的なアニメーションとともにYouTubeに突如「秒針を噛む」を投稿。本動画は動画総再生回数3500万回を突破し(11月20日時点)、彼らの名を多くの音楽ファンへ広めるきっかけとなった。

ずっと真夜中でいいのに。『秒針を噛む』MV

 この夏出演した『FUJI ROCK FESTIVAL ’19』も大いに話題になるなど、カリスマ的人気を獲得している。そんな彼らの1stフルアルバムが『潜潜話』だ。読み方は“ヒソヒソバナシ”。メンバー編成が明かされていない、彼らの存在自体の「秘密性」とも相まって、まさに個人的な物語を共有し合うような作品だ。今回はその歌詞に注目してみようと思う。

 本作を通してまず感じたのは、「今」の時代に生きる僕らを強く投影しているのではないかということだった。ここで「僕ら」と書いたのは学生や、SNSネイティブの若者たちが特に描かれているように思ったからだ。現代の特に若い世代は、SNSで互いに意見し合い、自分の言葉で語ろうとする人が増えているように思う。その一方で、非難や炎上を好む人も後を絶たず、指摘に怯え、したためた本心はTwitterの下書きに残り、出せない言葉ばかりが溜まる。そんな風に感じる時代ではないだろうか。実際「勘冴えて悔しいわ」では〈着いた 吐いた ツイッター呟く 7個目の方で〉とまさに裏垢だらけの現代人を思わせるフレーズが出てくる。本作では全ての曲の歌詞が長いことにも驚かされたのだが、これは本音を吐き出し切れない現代の生き方を投影しているように思える。

「勘冴えて悔しいわ」

 「眩しいDNAだけ」ではラップも取り入れられ、より多くの文字を一曲に詰め込み、語り足りない気持ちが滲み出ているようだ。メロディは同じでも、歌詞の繰り返しがほとんどないことが多いが、同曲では唯一〈犠牲にしたって本心だけ〉というフレーズだけは繰り返し歌われる。これには、本心すら犠牲にしても良い、軽いものになってしまった現代的な刹那を感じた。

「眩しいDNAだけ」

 同曲では〈今は傷つくことも願ってる 見たことない光を望むなら〉と、DNAに書き込まれたシナリオ通りに生きていきたくはないと歌い、学校や親の言いなりになりたくないと思っていた学生時代が浮かぶ。「居眠り遠征隊」でも〈誰かの期待に応える必要ナイの 盛られた噂に白目 向けたらイイの〉と歌い、「優しくLAST SMILE」では〈保健室のせんせいとは 仲良くしよ〉と学校や世間にうまく溶け込めない生活を描く。

「居眠り遠征隊」
「優しくLAST SMILE」

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