ヨルシカ、ずっと真夜中でいいのに。、美波……J-POPシーンに台頭するネット発女性ボーカルの音楽
ここ最近、日本の女性ボーカルシーンに新しい波が訪れている。端的に例を示すなら、ヨルシカや美波、ずっと真夜中でいいのに。といったアーティストたちの台頭だ。彼女たちはYouTube上で自作曲を発表し、その多くはアニメの映像を当てている。特筆すべきは、それらの再生回数が軒並み数百万回を超えている点だ。彼女たちは大々的にメディアに露出しているわけではない。にも関わらず、その存在感はネット上で日に日に増していく一方である。音楽性はさまざまだが、基本にあるのはエモやオルタナといった方向性のロック。しかし、既存のバンドシーンに溶け込むことなくSNSを中心に独自の地位を築きつつある。彼女たちがここまで人気を博している理由はいったいなぜか、そして彼女たちの登場が音楽シーンに与える影響とは何か、それぞれの特徴を分析して探ってみたい。
確かな作曲力と演奏力を見せるずっと真夜中でいいのに。
昨年6月にYouTubeに投稿した「秒針を噛む」が話題を集め、記事執筆時点で再生回数は1,900万回越え。ボーカル兼フロントマンのACAねが作詞作曲を担当し、アレンジャーに外部のクリエイターを迎えることで幅広い音楽性を見せている。
〈生活の偽造〉〈偽りの気持ち合算して〉〈灰に潜り〉など歌詞に独特の言葉遣いの光るこの曲。そもそもアーティスト名にも新しい感性があるが、言葉を伝えるための確かな作曲力も見逃せない。サビ冒頭での畳み掛けるメロディと絞り出すように地声で力強く叫ぶ歌声は思春期ならではの不安定さを、同じ箇所を何度もぐるぐるとするピアノのリフは少女の鬱屈とした感情を音にしたかのよう。
”脳裏上”と書いて”ノウリウエ”と読ませる感性(JASRACの作品データベースでは”ノウリジョウ”で登録されている)もさることながら、サビを2段階に分けてパンチ力を上げる先進的な楽曲構成が秀逸だ。前曲では”秒針を噛”み、今曲では日付の変わり目を連想させる”本初子午線”が〈絡まったまんま 解けない〉と歌うなど、”ずっと真夜中でいい”と掲げるこのバンドのテーマが貫かれている。
打って変わって日本語ラップに挑戦した一曲。ピアノとワウギターにリズミカルなリリックが乗ることでインディーズ期のDAOKOを彷彿とさせるような孤独で陰鬱とした雰囲気を作り出しているが、サビ以降で広がりを見せるバンドアンサンブルに音楽性の深みを感じ取れる。
作品にこうした奥行きをもたらしているのが、フロントマンであるACAねを中心として多くのクリエイターが集う特殊な形態に他ならない。ACAねのTwitterにはしばしば弾き語り動画がアップされる。そうした佇まいはある意味”ギタ女”的。しかし、実際の楽曲にはそれだけにとどまらない各楽器のハイレベルな演奏が施されていて、ファンからは”弾いてみた”系動画が投稿されるなど多様な反応を見せている。つまり、シンガーソングライター的でありながらバンド的でもあるという、両者の性質を併せ持っているユニットなのだ。確かな作曲力と演奏力、それこそが”ずとまよ”の魅力だろう。
独創的な表現と歌唱力が武器の美波
昨年6月に公開され瞬く間に話題となった「ライラック」は現在再生回数1,500万回を超える美波の代表曲。尾崎豊に影響を受けたという彼女は、度重なる体調不良による公演中止もむしろその後の推進力に変え、1月放送開始のテレビアニメ『ドメスティックな彼女』のオープニング主題歌「カワキヲアメク」でメジャーデビューした。その「カワキヲアメク」も近いうちに2,000万回に届こうとしている現在人気急上昇中の若手だ。
どすの利いた声から泣きそうな声まで変幻自在の声色、ファルセットと地声を自在に行き来するテクニック、巻き舌気味に歌い上げる歌唱法など、一聴して彼女のボーカル技術に心を奪われる。歌詞には、周りの身勝手な意見に惑わされる主人公の、それでも自分のやりたい方向へ進んでいこうとする気持ちが自由な言語感覚で綴られている。だからこそ、目まぐるしく変化する多彩なボーカルも、要所要所で乱高下する複雑なメロディも、すべて〈身勝手解釈receiver〉からの声を振り払って突き進む彼女の強い意志の表れとして聴くことができる。楽曲の独創性が、自身の活動方針についてのある種の宣言のようになっているのだ。
金切り声と歌声のあいだのような発声の仕方や、つぶやき、叫び、サビでアクセントとして何度も用いられる悲鳴のようなブレス……こうした繊細かつ力強いボーカル表現を巧みに使いこなす。〈コピー、ペースト、デリート〉、〈メール〉、〈引用〉、〈2文字以内〉など現代的な歌詞も同世代の心を掴む要素だろう。このように、既存のポップスの世界ではあまり見られないような歌詞の独創性と、心を揺さぶるエモーショナルなボーカルワークが彼女の武器だ。コメント欄には海外からの賞賛の言葉がずらり。彼女の才能に、いま世界が注目している。