伊藤美来がライブで表現した『PopSkip』の世界観 癒しの歌声届けた5thワンマン

伊藤美来ポップスの真髄感じた5thワンマン

〈いい部屋を求めて、もうちょっと探そう。素敵な街を、キラキラした時間を、キラキラした、私をーー〉

 新生活を迎えた春先、期待と不安が入り混じる高揚感に、誰もが一度は胸を高鳴らせたことがあるだろう。今年4月に新社会人となった伊藤美来も、そんな感情を覚えた一人に違いない。その証拠に、冒頭のモノローグは、彼女が7月24日に発売した2ndアルバム『PopSkip』収録曲で、以前よりも少し大人びた印象の「PEARL」MVから引用したものだ。

伊藤美来 / PEARL

 そんな『PopSkip』のテーマは、“伊藤美来のポップス”を届けながら“スキップ”のように大きな一歩を踏み出し、彼女と同じく新生活を迎えた人々を応援するというもの。同作を携えて、10月5日に東京・オリンパスホール八王子にて開催された『伊藤美来 5th Live Miku's Adventures 2019~PopSkip Life~』もまた、彼女が4月からの新生活を順調に過ごしていることを示すような内容だった。

 この日のライブは、佐藤純一(fhána)が作編曲を手掛けた「閃きハートビート」や、ブラスファンクな「Shocking Blue」と、序盤からアッパーチューンを畳み掛ける。ここでまず印象的だったのが、ホール公演とは思えないステージセットのシンプルさだ。後述する“街の景観”のセットを除けば、当日の舞台にあったのは3段階段状のステージのみ。その空間がむしろ、伊藤の透明感あるストレートな歌声へと注目を集めさせるようでもあった。

 そして早速、この日の“ゴールデンタイム”が訪れる。3曲目「Pistachio」は、伊藤とは初の絡みとなるhisakuniが手掛けた、良い意味でキッチュな鍵盤が特徴的な一曲。楽曲全体を通じた軽やかなメロディはもとより、Bメロでコーラスとボーカルが掛け合いを見せ、サビ前の小節では音を抜いて同部分の歌詞を印象付けるなど、2000年代ポップスに代表されるような曲作りの“お作法”をしっかりと押さえた作品だ。ここでは伊藤がダンサー4名を引き連れ、トラックに対してきっちりとダンスを当てはめていく。また、アウトロが終わり客席を振り返る際に見せた“やりきった表情”からも、この曲に対する自信を大いに感じられた。

 また、このブロックからは前述した“街の景観”が『PopSkip』の世界観を形作っていく。このステージセットは、『PopSkip』のアートワークに登場する高層ビルや観覧車などのモチーフを再現したもの。曲数の進行に伴い自然と建物も増えていくほか、ステージ背景の色合いを変化させることで、朝焼けから夜更けまで時間の移ろいを表現してくれた。

 7曲目「君に話したいこと」は、「ドライブに行きたくなるような爽やかな楽曲がほしい」という伊藤の願いから生まれた、「やっぱ友達って最高だよね」という想いを明るく歌い上げたナンバー。作詞作曲を担当したのは、『宇宙戦隊キュウレンジャー』に出演していたシンガーソングライターの岸 洋佑。大の特撮好きな伊藤にとって記念すべき一曲となったはずだ。また彼女はその後のMCにて、このブロックであわせて披露された「No Color」や「七色Cookie」を含め、特にお気に入りな「女子力の高いゾーン」と称して客席の笑いをさらっていた。

 次のブロックでは、前述の街の景観がステージ後方からライトアップされ、影絵のようにステージを彩る。新たな環境で感じた孤独に思いふける「灯り」で夕暮れを迎えると、そこから少し声量を増して〈やっぱり私 諦められそうにないよ〉と歌う「あの日の夢」で真夜中に。そして「守りたいもののために」で笑顔を取り戻す頃には、眩しい朝焼けが訪れた。

 ここで思い返されたのが、彼女が昨年に開催したライブでの一幕だ(参考:伊藤美来、“映画監督”としての優れた手腕を発揮 オリジナル曲のみで遂げた東京国際フォーラム公演)。当時は「泡とベルベーヌ」「No Color」「守りたいもののために」を順に披露することで、愛情が膨らむ過程を描くかのように感じたが、今回も同様に曲同士を繋ぎながら、感情のグラデーションを繊細に表現していた。そして10曲目「PEARL」では、ライブ前半の佳境に突入。シティポップテイストな同曲は、かつての大切な恋をそっと思い起こす切なさを帯びながらも、どこか聴く人の背中を後押ししてくれる不思議な力を持つ。

 気づけば伊藤の後ろにある街の景観のモチーフも数を増やしていき、『PopSkip』のアートワークと同様の形に完成していた。彼女が新たな土地で思い出を育むことは、その街のもつ表情を少しずつ知っていくことでもある。そう言わんばかりに、この街の景観は大人になり始めた「PEARL」の主人公をそっと慰めるようでもあった。ライブ冒頭からここまで、彼女が新生活に馴染むまでを描き出したところが、本編前半のハイライトだった。

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