Creepy Nuts DJ松永のプレイから考える、DVSがもたらしたターンテーブリズムの進化
DJ松永:(中略)私、本当にコンプレックスだったことがあって、Creepy Nutsのプロフィール文に『MCバトル日本一のラッパーR-指定と、ターンテーブリストでトラックメイカーのDJ松永――』って書いてあるんだけど、R-指定は実績なのに、俺は業種を紹介されている。
R-指定:そうやな(笑)
DJ松永:これにて、『日本一のラッパー・R-指定と、日本一のDJ・DJ松永』と言えます。だから、ホームページのバイオグラフィーを即、『日本一のDJ』に変えてください!(allnightnippon.comより抜粋)
と、世界的なターンテーブリストの大会である『DMC』の「JAPAN FINAL」にて、バトル部門を制し、9月末に行われる世界大会に初出場する喜びを、自身たちがパーソナリティを務める『Creepy Nutsのオールナイトニッポン0』(ニッポン放送)で爆発させたDJ松永。そして放送後半では、「世界獲ったる!」と宣言した彼だが、これはDJ松永流の怪気炎ではない。なぜならDMCで日本人が優勝することは全く珍しいことではないからだ。
『Disco Mix Club』の略称である『DMC』は、1985年に始まり30年以上の歴史を持つイベントだが、91年の段階でDJ YOSHI(GM YOSHI)がシングル部門の3位を獲得しており、その後もDJ TA-SHIやDJ AKAKABEが好成績を収め、2002年にはついにDJ KENTAROが世界チャンプに。以降は、DJ YASAやCO-MA、DJ Bluらがほぼ常にという状態で2位、3位に上り、12年にはDJ威蔵が世界チャンプを戴冠。そして16年にはDJ YUTOが、17年にはDJ RENAが12歳という世界最年少で世界チャンプを獲得している。そしてチーム部門ではHI-CとYASAによるKireek(18年に惜しくも解散)が、07年から11年まで5年連続優勝。この記録はいまだに破られていない。DJ松永が出場するバトル部門(Battle for World Supremacy)では、AKAKABEが04年に、CO-MAが06年に、DJ諭吉が17年に世界優勝を果たしている。
事程左様に、世界と日本のターンテーブリズムのあいだには、短距離走のような歴然とした実力差は無く、むしろ日本勢が世界のターンテーブリズムのスキルを底上げしたり、牽引していると言っても過言ではないのかもしれない。
ただ、ターンテーブリズムに興味が無かったり、ご存知無い方にはサイプレス上野とロベルト吉野「P.E.A.C.E. 憤慨リポート」の歌詞にあるように(ちなみにロ吉もターンテーブリストとして『DMC JAPAN』に参戦していた)、「キュッキュするやつ」という認識かもしれない(んな奴ぁはこんな記事は読んでないか……)。しかし、DMCなどのターンテーブリズムの世界大会においては、その「キュッキュするやつ」のレベルが異常に高いことは、YouTubeなどの動画を見ていただければ分かっていただけると思うし、その方向性も機材の進化と共に大きく変わっていくのが、ターンテーブリズムの魅力でもある。
基本的には「レコード/ターンテーブル/ミキサー」という三位一体で音楽を構築していくターンテーブリズム。その根本的なシステムはDJの誕生から変わらないし、現在にも続いている。しかし、大きなパラダイムシフトが起きたのは、「Serato Scratch Live」(現行はSerato DJ Pro)や「Traktor Final Scratch」(現行はTraktor Pro)などのデジタルDJシステム(デジタル・ヴァイナル・システム:DVS)の登場だろう。
アナログ盤でルーティン(ターンテーブリズムのプレイ構成。わかりやすく言えば「一曲」)が構築されていた時代は、バトルやスクラッチ用に制作されたレコードや、12インチなどに、針を落としたり擦り位置を分かりやすくするためのマーカーとなるシールを盤面に何枚も貼り、レコードを何枚も入れ替えたりして、一つのルーティンを構築していた。2017年のDJ諭吉のように、そのスタイルで世界を制するDJもいるのだが、現在においてはそれはかなり珍しくなっている。
では現在の主流はといえば、上記したようなDVSによるターンテーブリズムだ。アナログのDJシステムとの相違点はかなり多いが、ターンテーブリズムにおいて重要な点としては「DJミキサー『Rane SEVENTY-TWO』のようにDVSやMIDIののコントロールがミキサー上で行える」「再生位置をキューポイントとして設定し、ボタン操作によってその位置から再生できる」「ボタン操作で別の曲やサンプルを再生できる」「針飛びがしない」「使える曲が(HDDの容量によるが)無限」「自分のルーティン用に、自分で編集した曲が使える」などのポイントが挙げられるだろう。これによってターンテーブリズムの幅が大きく拡張された。