「生の歌声=感情豊か」は自明と言えるか ボーカルエフェクトが開拓した“感性の領域”

 「歌声を補正・加工する」ことは、それがあからさまであれひっそりとしたものであれ、もはや現代のポップミュージックではごく当たり前だ。ピッチのゆらぎやタイミングのズレを補正するために、いわば写真をレタッチするかのごとく用いられるエフェクトはもちろんのこと、一聴して「あ、なにか特別な処理がしてあるな」とわかる歌声さえも世の中にあふれている。

米津玄師「海の幽霊」

 ともすれば、ボーカルに施されるこうした変調は、生々しい感情表現を遠ざけてしまうように思われかねない。実際、ボコーダー、トーキング・モジュレーター、オートチューンなどのメジャーなボーカル変調の技術は、総じて「ロボ声」と呼ばれて「人工的で、非人間的」というニュアンスをよかれあしかれまとわされてきた。

 けれども、近年のポップミュージックに耳を傾けてみると、ボーカルの変調はむしろ音楽が持つエモーショナルな力を増幅させていることがわかる。ここでは、オートチューンとプリズマイザーを取り上げて、その具体的な効果を考察したい。

 まずは、オートチューン。いまでは一般名詞化しているが、もともとは、ボーカルのピッチの揺らぎを整えたり、あるいはピッチのズレを補正するソフトウェアの商品名だった。オートチューンがいま知られるようなユニークなエフェクトとして用いられるようになったのは、Cher「Believe」(1998年)のヒットがきっかけだ。近年はR&B、ヒップホップのシンガーやラッパーが重用していることでも知られる。若い世代であれば、むしろそちらの印象のほうが強いかもしれない。

 J-POPでは、ゼロ年代に入って以降、Perfumeやcapsuleなど、中田ヤスタカのプロデュース作品で大々的に用いられて話題になった。ただし、もっと早い例はある。globeの1999年のシングル曲「still growin’ up」など、小室哲哉がこのエフェクトを活用している。

globe / still growin’ up

 オートチューンを使った楽曲で最近印象的だったのは、a floor of circleの佐々木亮介のソロワークだ。ROTH BART BARONの三船雅也をフィーチャーした「We Alright (Tokyo Mix)」(2019年)は、オートチューンに思い切り歌声を委ねつつもエモーショナルな歌唱が素晴らしい。

We Alright feat.三船雅也 (Tokyo Mix) – 佐々木亮介 / Ryosuke Sasaki / LEO 【Official Video】

 ここまで普及すると、もはやオートチューンは「ロボ声」や「人工的な違和感」のためのエフェクトではない。むしろ、このエフェクトの機能自体に立ち返って、「あらゆる声を歌へ昇華させる装置」として捉え直すべきだろう。考えなしに使えばただ単にクドくて押し付けがましいだけのエフェクトだが、歌い手がこのエフェクトが持つニュアンスを熟知して使いこなすことで、生の声だけでは生み出せない豊かな感情が表現できるようになる。

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