「生の歌声=感情豊か」は自明と言えるか ボーカルエフェクトが開拓した“感性の領域”

 一方、オートチューンの「次」の立ち位置にあるエフェクトが、プリズマイザーだ。入力された歌声に、きらびやかで重厚なハーモニーを付け加える独特なエフェクトだ。類似のエフェクトと比較すると、ボコーダーほど元の歌声の質感を消してしまわず、オートチューンとは違い複雑な和音をつくれるのが特徴と言える。2010年代後半、アメリカを中心にこれでもかというほど使われた、まさに「時代の音」だ。オリジナルのプリズマイザーそのものは一般に販売されていないため、類似の効果を持つソフトウェアがよく用いられている。

 プリズマイザーは日本でも近年使用例が増えている。ぼくのりりっくのぼうよみ「輪廻転生」(2018年)、Official髭男dism「宿命」(2019年)等だ。なかでも楽曲のコンセプトとプリズマイザーの効果がマッチしていたのは米津玄師「海の幽霊」(2019年)だろう。

米津玄師 MV「海の幽霊」Spirits of the Sea

 プリズマイザーの質感には、いわばひとつの声に「幽霊」のように複数の声が憑依しているかのような印象を覚える。自分ひとりの声に、あたかもここにはいない誰かの声が付け加わってハーモニーを奏でるかのようだ。鈍く輝くようなプリズマイザーの音色は、まさに〈思いがけず光る〉「海の幽霊」を思い起こさせる。

 これまで見てきたような、オートチューンやプリズマイザーを通じた歌唱が持つ表現のニュアンスの豊かさ――あくまでそれは使い手がどれほどこれらのエフェクトを知り尽くしているかに依存するが――は、果たして「生の歌声=人間的=感情豊か」といった等式が自明と言えるのか、という問いを改めて突きつけることだろう。これらのエフェクトはむしろ、未だ開発されていなかった感性の領域を開拓し、音楽に対する別様の感動の仕方をつくりだしたのではないか。「オートチューンだ、プリズマイザーだ」と流行りの言葉で片付けるのではなく、オートチューンの、プリズマイザーのなにがこれほど人びとを魅了するか、改めて考える価値はある。

■imdkm
ブロガー。1989年生まれ。山形の片隅で音楽について調べたり考えたりするのを趣味とする。
ブログ「ただの風邪。」

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