堀込高樹×堀込泰行が奏でた“この瞬間しか味わえない贅沢なサウンド” KIRINJI20周年ライブを見た

堀込高樹×堀込泰行、5年半ぶりの共演

 こうした説明は頭では理解できるものの、兄弟が揃って演奏する姿を感傷的にならずに眺めることもまた難しい。では、単にレトロスペクティブなイベントとなることを避けるために、堀込高樹はどのような手段を取るのか。今回の「20th Anniversary Live『19982018』」は3公演が行われたが、私は11月15日、11月16日の2公演を見ることができた。印象深い場面は数多くあるが、わけても、会場となる豊洲PITへ足を踏み入れた瞬間に感じたただならぬ熱気は忘れがたい。ついに兄弟が揃ってふたたびステージに立ち、演奏するのだ。客電が落ちた瞬間の、歓喜とはまた少し違った声援は、見られるとは思っていなかったライブが本当に始まってしまうという緊張と不安の声でもあった。

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 公演は4部構成となっており、堀込泰行、KIRINJI(パート1)、アーリーキリンジ、KIRINJI(パート2)の順で演奏された。兄弟が揃うのはアーリーキリンジの部であり、かつてのプロデューサー冨田恵一や真城めぐみといったゲストも参加した。ライブのトップバッターである堀込泰行はバンドを従え、ソロの楽曲、またキリンジ在籍中のプロジェクトである馬の骨名義での楽曲を演奏。白いテレキャスターから鳴る歯切れのいいギター音が印象的な「Beautiful Dreamer」は、まさに現在の堀込泰行だ。続くKIRINJI(パート1)では、堀込高樹のソロアルバムからの楽曲「冬来たりなば」が実にすばらしかった。正月の風景を描写した歌詞のユニークさ、メロディの美しさ、どれもがみごとであり、なぜこのような楽曲が書けてしまうのか、唖然とさせられる。1部、2部と演奏し、観客側の心の準備が整ったであろうタイミングでKIRINJIはステージを後にした。ついにアーリーキリンジと題された第3部が始まる。

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 アーリーキリンジはビデオの上映からスタートした。まだ20代の彼らが、インタビューに答える無邪気な姿がステージに映写される。何とも若々しい兄弟の、はつらつとした表情。やがて、初期のアップテンポな楽曲「牡牛座ラプソディ」が流れ、過去のライブ映像やプロモーションビデオが年代を追って映された。封印した過去の甘い記憶が一気に噴出するような、心憎い演出。多くのファンが、このビデオだけで感極まったことだろう。映像が終わり、まずは堀込高樹、そしてバンドのメンバーがステージへ登場する。最後にやや遅れて、ゲスト扱いとなる堀込泰行がゆっくりとマイクの前に立ち、ついに兄弟が同じステージにふたたび揃った。もう二度と見られなかったかもしれない光景に、たまらず会場全体が沸き立つ。古くからキリンジを応援してきた人びとにとっては、かつての見慣れた姿であり、堀込泰行脱退後にキリンジ/KIRINJIを知った聴き手にとっては、もはや存在しないものとしてあきらめるしかなかった布陣。

 3部で演奏されたのは6曲。「ニュータウン」「雨を見くびるな」「アルカディア」と初期の楽曲を聴きながら、彼らがデビュー当時からいかに高い完成度であったかをあらためて感じる。コーラスで兄弟の声が重なるたび、この瞬間しか味わえない贅沢なサウンドにめまいがしそうだった。驚いたのは、続けて演奏された「エイリアンズ」「Drifter」の2曲。どちらもキリンジを代表する楽曲だが、あまりにもメジャーなこれらの曲を連続でプレイするとは予想しなかった。当然、観客にとってはどちらも聴きたい曲だが、ここまで王道の選曲でサービスしてくれるとは思っていなかった。「エイリアンズ」イントロの有名な主旋律を弾くのは、現KIRINJIのギター弓木英梨乃。普段は明るい笑顔で楽しそうに演奏する弓木も、この時ばかりは真剣な顔つきでプレイしている。あくまでエキシビションとして、懐古的にならないような節度を保ちつつ演奏を続けるアーリーキリンジには、やはり独特の緊張感があった。最後は、98年8月のメジャーデビューシングル「双子座グラフィティ」をプレイして終了。終わってしまえばあっという間の3部であった。

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 4部はKIRINJI(パート2)。最新アルバム『愛をあるだけ、すべて』からの楽曲を中心に、グルーヴのある演奏を見せる。この4部をイベントの最後に用意し、観客を納得させる最新型KIRINJIを提示することが、20周年ライブを懐古的なイベントに終わらせないためのこだわりであったように思えてならない。ドレイク「Passionfruit」のリズムを引用した「silver girl」でエンディングを迎える頃には、今のKIRINJIならではの魅力が十分に伝わっていたのではないだろうか。最後は出演者全員がステージ上に並んで観客へ一礼、20周年ライブは終了した。

 終演後、興奮した面持ちで会場を出る観客たち。次に兄弟が揃って演奏するのが見られるのは5年後か、10年後か……。先述したAさんは、ステージ上の兄弟の立ち位置がキリンジ時代と逆だったと指摘していた(キリンジ時代の堀込高樹は舞台の上手が定位置であった)。堀込泰行をあくまでゲスト扱いにとどめ、ステージ上の立ち位置をあえて逆にするといった細かな配慮にも、ノスタルジーの回避が見え隠れしているといったら深読みがすぎるだろうか。しかし、たとえどれほどの逡巡があろうとも、兄・高樹が、ボーカリストとしての弟・泰行に惚れ込んでいるからこそ、今回の20周年ライブが成立したことは間違いないだろう。キリンジを愛する者たちは、その気持ちにこそ胸を打たれるのだ。

■伊藤聡
海外文学批評、映画批評を中心に執筆。cakesにて映画評を連載中。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)。

(写真=立脇卓 )

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