柴 那典の新譜キュレーション 第11回
小沢健二からギリシャラブまで……“言葉の魔法”でつながるアート・ポップ6選
東京育ちのあの子は――MONO NO AWARE「井戸育ち」
昨年のフジロックで新人バンドの登竜門「ROOKIE A GO−GO」に出演を果たしたことで注目を集めた4人組バンド、MONO NO AWARE。3月にデビューアルバム『人生、山おり谷おり』をリリースした。
作詞作曲を担当するボーカル/ギターの玉置周啓と、ギターの加藤成順という八丈島出身の2人を中心にした彼ら。「もののあはれ」をいう言葉をバンド名に冠していることからもわかるとおり、日本語に対しての独特な感性がバンドの大きな魅力になっている。
彼らのサウンドのルーツになっているのは、The StrokesやPhoenixから連なるUSのインディ・ロックの系譜だろう。ときにサイケデリックで、ときにチルアウトで、ときにOK Go的なユーモラスな曲調もある。
中でも僕が好きなのは「井戸育ち」という一曲。
東京育ちのあの子は 公共施設を飛び出し
放蕩の旅を始めて とうとう数年たった
とどいた絵葉書には 高揚をさそう景色が
もうどうしようもなくなって 泥水を飲んだ
(「井戸育ち」)
この曲の主人公は「夢見るカエル」で、その元に外界から手紙が届くというシチュエーションが描かれている。最初は思い切り跳ねて、でも、すぐさま水の中に落ちてしまう。次にカエルは壁に貼り付いて、なんとか自分の居た狭い場所を抜け出す。そうして「夢を叶えたカエル」の目には、今度は「水平な広大な無限の壁」が目に入る。
それでも「駆け出すしかないや」と歌って終わるのが、この曲。だから「井戸育ち」という曲名になっているわけだ。イギリス、イタリア、フランス、ドイツ、トルコ、タイ、カンボジア、台湾など世界8カ国を回った記録を映像化したというMVも含めて、とても痛快な仕上がりになっている。
猫のひげみたいな君の肋骨をなぞるだけの機械になる――ギリシャラブ「機械」
本日休演などの所属する音楽レーベル<ミロクレコーズ>から1stフルアルバム『イッツ・オンリー・ア・ジョーク』をリリースしたばかりの京都のバンド、ギリシャラブ。このアルバムがすごくいい。
このバンドのことを知ったきっかけは、どこかのラジオ局でふと聴いた「無人島」という曲だった。
ピッチが不安定なボーカルは気になったが、どことなく不穏な曲調、一筋縄ではいかないメロディに興味を持った。しかも歌っている歌詞がどこか文学的だ。<無人島には猛獣と財宝と あと貨物船と ジュークボックスと機関砲とトランペットと>。
その曲は2015年にリリースされたミニアルバム『商品』に収録されていたのだが、その頃に出会った本日休演の岩出拓十郎がプロデュースすることでバンドはより音楽的な想像力、妄想力を手にするようになったという。それがアルバム『イッツ・オンリー・ア・ジョーク』に結実している。
収録曲「機械」がいい。<蛙の子は蛙 大人の子は大人>と歌い始めるこの曲は、不可思議な転調を繰り返す後半で、こんな風に展開していく。
恋人よ
ぼくは大人になるくらいなら
猫のひげみたいな君の
肋骨をなぞるだけの機械になる
(「機械」)
僕が想起したのはフジファブリックの「銀河」。あれも力技の転調とともに妄想を爆発させるような曲だった。『ミュージック・マガジン』に掲載されたインタビューによると、ソングライティングを手掛けるリーダーの天川悠雅は、高校をドロップアウトしてバタイユやカフカを読んでいたような文学少年だったらしい。その頃の体験がギリシャラブの歌詞世界の一つのルーツになっていると語っている。現在は大学生だが、大学院でも西洋哲学を学ぶのだという。
とても興味深い。
■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」/Twitter