くるり「琥珀色の街、上海蟹の朝」はシティ・ポップへの批評? バンドの現在地を追う

くるり新作はシティ・ポップへの批評?

 「琥珀色の街、上海蟹の朝」を、2016年5月31日に「くるり 20th ANNIVERSARY『NOW AND THEN vol.3』」のツアー・ファイナルである神奈川県民ホールで初めて聴いたときの衝撃は大きかった。その「琥珀色の街、上海蟹の朝」をはじめ6曲を収録した『琥珀色の街、上海蟹の朝』というEPは、情報量は多いものの、深いことを考えずに聴いていても楽しめるという点でポピュラリティーは高く、現在のくるりが辿り着いた境地を感じさせる作品だ。

 「琥珀色の街、上海蟹の朝」をライブで聴いて驚いたのは、ソウル色の濃い演奏と歌、そして始まる岸田繁のラップだった。サビでは〈beautiful city〉と繰り返し歌われているが、「琥珀色の街、上海蟹の朝」はまさにシティ・ポップのような雰囲気で、「シティ・ポップという言葉が氾濫する現状への批評性によるものだろうか?」と邪推してしまったほどだ。

 CDでは、ゲスト・ボーカルにUCARY&THE VALENTINEを迎えてR&B濃度がさらに上昇。岸田繁のラップは随所で韻を踏んでおり、くるりでここまでメロディーと韻が絡み合った楽曲も珍しい。また、一般的なJ-POPのような「Aメロ→Bメロ→サビ」といった単純な構造ではなく、楽曲が進行するにつれてメロディー展開のパターンが増えていくのだ。中盤からはストリングスも響いてバンドの演奏に絡み合っている。

 都市のけだるさを歌っているかのような歌詞には、JAGATARAの「都市生活者の夜」もふと連想した。くるりの「琥珀色の街、上海蟹の朝」は物憂げでありながらも、一方で歌も演奏もひたすらに心地良い。楽曲の最初と最後に挿入されている中国語の会話、そして「上海蟹」というキーワードなど、上海をイメージした世界観は「琥珀色の街、上海蟹の朝」をチャーミングなポップスにしている。この原稿は土曜日の夜に部屋で書いているのだが、夜のドライブで流しても気持ちよさそうだ……と運転免許証を持っていない私にも想像させる楽曲が「琥珀色の街、上海蟹の朝」だ。

 カップリングの「Hello Radio (QURULI ver.) 」は、「Japan Fm League×TSUTAYA ACCESS!」のキャンペーンソングとして岸田繁が作詞作曲した楽曲のセルフ・カバー。原曲を歌っていた「ザ・プールサイド」のメンバーは、岸田繁(くるり)、大橋卓弥(スキマスイッチ)、木村カエラ、KREVA、DEAN FUJIOKA、藤原さくら、YONCE(Suchmos)。アレンジはtofubeatsだった。

 くるりによる「Hello Radio」は、しなやかなカントリー・ナンバーに。歌詞の〈リバプールからトランジスタ・ラジオ〉という一節は、もちろんRCサクセションの1980年の名曲「トランジスタ・ラジオ」に「リバプール」という単語が出てきたことへのオマージュだろう。スティール・ギターの響きが大きなアクセントになっているほか、岸田繁のボーカルの穏やかさが演奏とあいまってせつなさをも生み出している。

 「NHKみんなのうた」のために書かれた「かんがえがあるカンガルー」は配信限定シングルだったが、「琥珀色の街、上海蟹の朝」で初CD化。歌詞の言葉遊び、キャッチーにして凝ったメロディー・ライン、ブラス・セクションが活躍するジャジーな演奏のどれもがくるりらしい。「ひとくせがあるバンド」による「かんがえがあるカンガルー」だ。

 NHK FMの番組「くるり電波」のテーマソングも2曲収録されている。2016年のテーマソングの「Radio Wave Rock」は、「琥珀色の街、上海蟹の朝」の中で唯一のストレートなロック・ナンバーだ。2015年のテーマソングの「Chamber Music from Desert」はインストルメンタル。哀愁を帯びた管楽器が響き、架空のジプシー音楽を聴いているかのような感覚に陥った。

 最後に収録されている「Bluebird II(ふたりのゆくえ)」は、土岐麻子の2009年のアルバム『TOUCH』に岸田繁が提供した「ふたりのゆくえ」のセルフ・カバー。原曲はブラス・セクションが鳴り響くドラマティックなアレンジだったが、くるりによるバージョンは、岸田繁によるアコースティック・ギターの弾き語りをメインにして音を重ねている。楽曲の中の寂寥感を浮かびあがらせるようなアレンジだ。

 「琥珀色の街、上海蟹の朝」の衝撃とともに始まる『琥珀色の街、上海蟹の朝』というEPは、現在のくるりのバラエティの豊かさを見せつける。どの楽曲も繊細にして情報量が多いが、難解な楽曲はひとつもなく、聴く者の心に寄り添うようなしなやかさを持っている。そして、6曲入りの『琥珀色の街、上海蟹の朝』というEPは、シングルでもアルバムでもないのに、アルバムのような聴きごたえさえある。これから始まる夏の夜に聴きながら、くるりのニュー・アルバムを楽しみにしたくなるようなEPでもあるのだ。

■宗像明将
1972年生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。近年は時流に押され、趣味の範囲にしておきたかったアイドルに関しての原稿執筆も多い。Twitter

■リリース情報
『琥珀色の街、上海蟹の朝』
発売:2016年7月6日
【初回盤(CD+Bonus CD)】 ¥2,000(税込)
【通常盤(CD)】 ¥1.200(税込)
〈収録曲〉
M1:琥珀色の街、上海蟹の朝
M2:Hello Radio (QURULI ver.) ※Japan Fm League×TSUTAYA ACCESS!キャンペーンソング
M3:かんがえがあるカンガルー ※NHKみんなのうた(2016年2月・3月)
M4:Radio Wave Rock ※NHK FM「くるり電波」2016テーマソング
M5:Chamber Music from Desert ※NHK FM「くるり電波」2015テーマソング
M6:BluebirdⅡ(ふたりのゆくえ) ※土岐麻子へ提供曲「ふたりのゆくえ」セルフカバー

NOW AND THEN DISC ※初回限定盤のみ付属

01.TEAM ROCK
02.ワンダーフォーゲル
03.愛なき世界
04.GO BACK TO CHINA
05.トレイン・ロック・フェスティバル
06.THANK YOU MY GIRL
07.男の子と女の子
08.水中モーター
09.WORLD’S END SUPERNOVA
10.C’mon C’mon
11.永遠
12.ばらの花
13.リバー
14.カレーの歌
15.ブレーメン

■ライブ情報
「京都音楽博覧会2016 IN 梅小路公園」
開催日:2015年9月18日(日)
場所:京都・梅小路公園 芝生広場(JR・近鉄・地下鉄京都駅より徒歩15分)
開場:10:30 開演:12:00(いずれも予定) 雨天決行・荒天中止

「NOW AND 弦」
出演:QURULI featuring Flip Phillip and Ambassade Orchester
公演日:2016年9月20日(火)、9月21日(水)
会場:渋谷・オーチャードホール

http://www.quruli.net/

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