ISHIYAの『CRASS:ゼア・イズ・ノー・オーソリティ・バット・ユアセルフ』映画評
伝説のパンクバンド・CRASSが放つメッセージとは? 最新ドキュメンタリーで明かされる素顔
ところで作品中、ペニー・リンボーとジー・ヴァウチャー、イヴ・リバティーンが現在でもダイヤルハウスで生活・出入りしている姿は垣間見ることができるが、スティーヴ・イグノラントが関わる様は見られない。上流中産階級で裕福な家庭出身のペニー・リンボーと、労働者階級で貧乏だったスティーヴ・イグノラントが結成したCRASSだが、現在ではその生活感に違いが出ているのかもしれない。
スティーヴ・イグノラントは、どこにでもいそうなイギリス人の中年で、パブに出入りしてサッカー観戦に興じる一面などもあり、自然な生活感がにじみ出ている。一方、ペニー・リンボーはダイヤルハウスに集まる若者に話をしたり、庭いじりや手料理に凝ったりしていて、どことなく学者肌なじいさんだ。
スティーヴ・イグノラントはインタビュー中、ペニー・リンボーやジー・ヴァウチャーに出会った時の事を述懐している。その話からは、彼らの懐の深さと同時に、“既成概念を壊す”というパンクの精神が伺える。そんな2人が若い頃に、相容れない階級を破壊して一つとなってバンドを組んだ事自体が、CRASSの理想型を表していたようにも思える。
サウンド面でも、CRASSはそれまでにあったパンクロックやロックを破壊している。耳障りでノイジーなギターに独特のリズム。スティーヴ・イグノラントの吐き出す政治的メッセージと、イヴ・リヴァティーンの宗教的な響きの声が相乗効果となり、聴くものを圧倒するのだ。さらに、ジー・ヴァウチャーの天才的なアートワークがCRASSのイメージを確立した。
その世界観は一見すると、サウンドも行動もバラバラな個人主義にも思えるが、根底には自分の良心に従うこと、相手を思いやり、気付いた人間がやるべき事をやるという共同認識がある。つまり、共同生活体のダイヤルハウスがCRASSであり、CRASS自体が生活そのものなのだ。そこには、かつてアナキストの大杉栄が言った「美は乱調にあり」に通じる精神も見てとれるのではないだろうか。
■ISHIYA
アンダーグラウンドシーンやカウンターカルチャーに精通し、バンド活動歴30年の経験を活かした執筆を寄稿。1987年よりBANDのツアーで日本国内を廻り続け、2004年以降はツアーの拠点を海外に移行し、アメリカ、オーストラリアツアーを行っている。今後は東南アジア、ヨーロッパでもツアー予定。音楽の他に映画、不動産も手がけるフリーライター。
FORWARD VOCALIST ex.DEATH SIDE VOCALIST
■リリース情報
『CRASS:ゼア・イズ・ノー・オーソリティ・バット・ユアセルフ』
発売中
3,800+税
発売元:キュリオスコープ
販売元:ポニーキャニオン