『べらぼう』にはなぜ“美しい”瞬間があふれているのか 今までにない大河にした“夢”の描写

とはいえ、『べらぼう』で描かれる喜三二のキャラクターがそうであるように、この話は決して暗い話でも、原典である『邯鄲の枕』のような教訓話でもないようだ。むしろ、どこか楽観的で、底知れぬ明るさがある。「見徳一炊夢(みるがとくいっすいのゆめ)」という題名のごとく、粥が炊けるまでというわずかのあいだに見た「夢」であったとしても、見ないよりも見るが得(徳)。それが、出羽国久保田藩の藩士であり江戸留守居役という身分でありながら吉原に通い続け、果ては「宝暦の色男」と称されるようになった喜三二の生き方であり人生哲学なのだろう。
そこで翻って「歌麿よ、見徳一炊夢」という今回のタイトルである。これは恐らく、蔦重の言葉なのだろう。「歌麿」という名前を蔦重が思いついたとき――。

「初め“歌丸”はどうだって思ったんだけど、“丸”じゃなくて“麿”ってすりゃあ、お公家さんの出だって噂が立つんじゃねえかって。そしたら、いつまにかお前は、京のえれえ絵師の落とし胤って具合になって『麿の子やないか』ってお公家さんがやってきて、ついにはお内裏に絵を描くことになりまして……」
無邪気に「夢」を語り出す蔦重に対して、かつてのような笑顔を浮かべながら「そんなにうまくいくわけあるかよ」と応える歌麿。

そこで思い出されるのは、かつて瀬川に向かって、とてもじゃないけど実現するとは思えない恋の逃避行を熱く語る蔦重の姿であり、意次に向けて自らの革新的な政策を熱心に語る源内の姿だった。それはいずれも儚くも散った「夢」だったかもしれない。けれども、「儚」という文字が、ニンベンに夢と書くように、たとえ儚くとも「夢」を見ずにはいられないのが人間なのだろう。そして、その「夢」を気の置けない人物に向けて熱く語る瞬間こそが、人生における最上の瞬間であり、最も「美しい」瞬間なのではないだろうか。それをていねいに拾い集めて、ひとつの物語の中に散りばめること。こんな大河ドラマは、これまで観たことがなかったかもしれない。蔦重の「夢噺」は、まだまだ続いてゆく。
■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
NHK 総合にて、毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00〜放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK






















