『ラストマイル』の“問い”をどう受け止めるべきか 野木亜紀子たちの“挑戦”を目撃せよ

『ラストマイル』が私たちに投げかけたもの

 作中で語られる、毎秒2.7メートルで進むベルトコンベア。それは、ちょうど人が早歩きしたときくらいのペースだ。決して止まることを許されないその動きを見ていると、なんだか社会全体の“進み”にも思えてくる――。

 映画『ラストマイル』がTBS系にて3月9日に本編ノーカットで地上波初放送される。2024年8月に劇場公開された本作は、興行収入59億円、観客動員400万人を超えるヒットを記録。

 TBSドラマ『アンナチュラル』『MIU404』を手掛けた新井順子プロデューサー✕野木亜紀子脚本✕塚原あゆ子監督のゴールデンチームによる映画と聞けば、その功績も納得だ。しかも、その2作品と同じ世界線で展開する“シェアードユニバース”作品という新たな挑戦で、第48回日本アカデミー賞では最優秀脚本賞を受賞するなど数々の映画賞に輝いた。

初見の楽しさを超える、何度も味わえる映画

 舞台は、世界最大のショッピングサイト「DAILY FAST」(通称「デリファス」)日本支社のロジスティクスセンター。そこから発送された荷物のなかに、1ダースの爆弾が紛れ込んでいるという事件が発生する。事件当日に新センター長となったエレナ(満島ひかり)は、部下の孔(岡田将生)と共に警察、本社、運送会社との間に挟まれながら対応に追われる。物流を止めることはできない、だが何もせずに配送を続けることもできない。果たして、犯人の目的とは!?

 まだ観ていない人がいるなら、正直少しうらやましいくらいだ。あのスピード感と緊張感を、初めて体験できるのだから。一方で、何度も見返すことで見えてくる楽しみがあるのも、またこの作品の大きな魅力。物語の伏線、登場人物のさりげない言葉、背景に置かれた社会的な示唆。初見ではストーリーに引き込まれて見逃してしまう細部が、二度目、三度目と観るほどに浮かび上がってくる。

 そしてもうひとつ、この作品から伝わってくるのは、作り手たちがこの挑戦を心から楽しんでいるという空気だ。監督と脚本家のポリシーを尊重しながら、エンタメ作品としての間口を広げる。そのバランスは、新井プロデューサーの手腕あってこそだ。『アンナチュラル』『MIU404』と世界線を共有するシェアードユニバースという設定は、長く作品を追いかけてきたファンにとって思わず顔がほころぶ仕掛けでもあるが、画面の向こうからは、作り手も演じ手もこの試みに胸を躍らせていることが伝わってくる。

 続編やスピンオフ作品とも違う、ふいに交わった世界線から覗き見る。そんな彼らの姿に、ずっと彼らがその世界を生き続けていることが感じられる。その上で、「一瞬だけ映っていたのは、『MIU404』のポリまる?」「この番号が“404”なのは狙っている?」「『アンナチュラル』の中堂(井浦新)の口癖が!?」なんて気づくと楽しい遊び心も随所に見受けられた。

 何かを成し遂げようとするとき、私たちはつい義務感ばかりを背負ってしまいがちだ。でも本来、人生は自分たちのもの。楽しむことを忘れてしまっては意味がない。ひとりでは難しいと思えることでも、志を同じくする仲間がいれば想像以上の形になる。そんな前向きなエネルギーも、この映画には確かに宿っている。

機械的に動き続ける社会の裏側で、見えなくなった“人”の存在

 そもそもの発端は、野木から塚原に投げられた「私が書くから映画をやりなさい」というパスだった。そこに「物流の話をしたい」と返した塚原の視点も、また唸らされるものがある。コロナ禍を経て、「私自身より気軽に“ポチる”ようになった」「そんな自分の怠惰さに“どうなんだろう?”と自問自答していました」とインタビューで振り返っていた塚原。

もはや疑問に思うことすらなくなっていた現状の“システム”に対して、「どうなんだろう?」と思うこと。その視点こそが、このチームの作品を身震いするほど面白くしている。そして、「発送元を見ずに開けちゃってるな」というところから、「宅配物が爆発する話」になるのが、ホラー好きな塚原らしいところ。

 そんな返球を受けて、下請け業者であるドライバーたちが送料を買い叩かれている苦悩を描く本作へと昇華させるのも実に見事だ。しかも野木が取材を重ねていたタイミングは、まだ「物流2024年問題」が取り沙汰される以前のこと。その時代に対する先見性には改めて脱帽させられる。

 ポチッとすれば翌日には届く。そんな便利すぎる社会を、いったい誰が支えているのか。私たちは、ともすればその快適さに浸かりきって、考えることすら放棄してしまいそうになる。「デリファス」は架空のショッピングサイト。しかし、その便利な世界は決して遠い物語ではない。

 日本各地のロジスティクスセンターでは、実際にベルトコンベアが動き続け、多くのマシンが全自動で稼働している。その周囲で何百人ものスタッフがまるで機械のように立ち回り、荷物は次々と住所を割り振られ、トラックに積まれ、街へと送り出されていく。

 そして、最終的に荷物を手渡す“ラストマイル”。その最後の区間だけは、今も人が担っている。映画の中でも、荷物を抱えたドライバーが昼休みまでも返上して次の配達へと向かう姿が映し出される。冷たい雨の日も、焼けつくような暑い日も、荷物を抱えて階段を上り、インターホンを鳴らすのは人間だ。

 けれど私たちは、その事実をどこかで忘れてしまう。「送料無料」という言葉の心地よさに、想像力を手放してしまう。倉庫スタッフが時給いくらで働いているのか。宅配ドライバーはこの荷物をいくらで運んでいるのか。今日は何個目の配達なのか。このシステムは本当に継続可能なものなのか。誰かを搾取したうえで成り立ってはいないのか……。

 便利な仕組みが完成すればするほど、そこに人が関わっていることを私たちは見えなくしてしまう。関わる人たちもまた、まるで機械の一部のように、全自動で動いている存在のように感じてしまうのだ。それを支えている誰かが壊れてしまうまで、その流れに疑問を持つことができずにいる。

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