『虎に翼』は朝ドラ史に残る“真の名作”となるか 女性だけではないあらゆる“弱者”への視点

『虎に翼』は“真の名作”となるか

 筆者の自戒も込めて述べるのだが、「自分の権利を守ること、主張すること」と「他者の権利を尊重すること」は必ずセットであるべきだと考える。昨今、この当たり前の大前提が、抜け落ちがちになっている気がするのだ。第10話で、DV夫・東田(遠藤雄弥)に下された判決の主旨の中にあった「権利の濫用」は、今や男性や権力者だけではなく、誰にでも起こり得ることだ。身近なところで言えば、ネットやSNSでヘイトや誹謗中傷を撒き散らして誰かを傷つける行為だって「言論の自由」という権利の濫用だ。

 第1話冒頭で、憲法第14条を読み上げながら映し出したのは、川沿いを走る少年たち、家を焼け出されて橋の下で暮らす家族、呆けて座り込む帰還兵、生き伸びるために“パンパン”になった女性たち、戦災孤児と思しき女の子……など、あらゆる市井の人々。その誰もが「書き割り」ではなく、それぞれの人生を生きている。このイントロダクションに、作品の理念が込められていると感じた。

 寅子が法曹を志すきっかけを与えた2人の言葉が、物語の鍵となっている。猪爪家に下宿している書生・優三(仲野太賀)は、「法律は自分なりの解釈を得ていくもの」と言った。穂高教授(小林薫)は「法律に正解はない」と説いた。

 過去の判例は参考にこそなれ、ひとりとして同じ人間がいないように、ひとつとして同じ事例はない。法に携わる人間は、ケースバイケースに細密に耳を傾けたうえで深慮し、判断すべきであろう。

 米津玄師が歌う主題歌「さよーならまたいつか!」がこのドラマに、より深みと広がりを与えている。出だしの〈どこから春が巡り来るのか 知らず知らず大人になった〉という歌詞の〈春〉は何を意味するのだろうか。

米津玄師 - さよーならまたいつか! Kenshi Yonezu - Sayonara, Mata Itsuka !

 自由や平和や平等を意味するのではないか、と仮に考えてみる。

 寅子の少女時代にあたる100年前に暮らすほとんどの市井の人々は、知識階級や運動家でもない限り、自由や平和や平等がどこからくるのかなんて考えてみたこともなかった。そんな概念すらなかった。

 翻って、その〈100年先〉を生きる私たちは、生まれた時から(建前上は)自由や平和や平等が当たり前にあった世代だ。当たり前だから、それがどこからきたのか、先人たちが〈口の中〉に〈血が滲〉む経験をして勝ち取った〈春〉がどれほど尊いものなのか、わからない。それにしても、「(建前上は)」などという前置きを入れなければならないこの国の現状が情けないし、だからこそこの朝ドラが多くの人の共感を呼ぶのだろう。

 より成熟した社会を目指すならば、自分とは違う属性、違う立場にある人の、事情や心情や苦しみを想像することが肝要なのではなかろうか。あらゆる犯罪や戦争、分断の根底には、「想像力の欠如」がある。寅子が志す弁護士という仕事も、千差万別の「事情や心情や苦しみ」への想像力なくしては、成り立たない。

 そして、『虎に翼』そのものが、100年前の社会制度の中で虐げられてきた弱者たちの辛苦と怒りを想像して描かれた物語であるはずだ。鏡写しとなってそれを受け取る視聴者は、100年前の人々の思いを想像しながら、いま一度、真の自由とは何か、平和とは何か、平等とは何かを考える。自由と平和と平等の維持には、個々のたゆまぬ努力と、声を上げ続けることが重要なのだ。

 人も、判例も、千差万別。朝ドラも110作あれば110色。ひとつとして同じものはない。寅子が、自分とは考え方の違うよね(土居志央梨)に「もっとよねさんのこと、知りたい」「とっても素敵」と言ったように、「違い」は「当然あるもの」という前提のうえで、尊重しあうことが大切なのではないか。本作は、そんなことを考えるきっかけを与えてくれる朝ドラになりそうだ、と期待を込めて言ってみる。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『虎に翼』
総合:毎週月曜〜金曜8:00〜8:15、(再放送)毎週月曜〜金曜12:45〜13:00
BSプレミアム:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜8:15〜9:30
BS4K:毎週月曜〜金曜7:30〜7:45、(再放送)毎週土曜10:15~11:30
出演:伊藤沙莉、石田ゆり子、岡部たかし、仲野太賀、森田望智、上川周作、土居志央梨、桜井ユキ、平岩紙、ハ・ヨンス、岩田剛典、戸塚純貴、松山ケンイチ、小林薫
作:吉田恵里香
語り:尾野真千子
音楽:森優太
主題歌:米津玄師「さよーならまたいつか!」
法律考証:村上一博
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:石澤かおる
取材:清永聡
演出:梛川善郎、安藤大佑、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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