『悪鬼』は正統派オカルトホラーの金字塔に キム・テリが神経の行き届いた演技に挑戦

『悪鬼』は正統派オカルトホラーの金字塔に

“邪悪な存在”を内包したキム・テリのベストアクト

「あの人は悪鬼か、サニョンさんか」

 不審死を遂げた人物の死亡現場に“悪鬼”の秘密が隠されていると確信し調査へ乗り出していくシーンで、サニョンを見つめたヘサンはそんな不穏な思いに駆られる。そこにいるのが聖なのか邪なのか、サニョンの表情からは推し量ることができない。この後、天井裏で“あるもの”に触れた途端、サニョンは豹変。「水……」と叫ぶシーンは、シリーズの中のハイライトと言ってもいいだろう。

 だが、最も真価が現れるのはふと見過ごしてしまうようなショットで見せる表情である。『悪鬼』のサニョン役で、キム・テリはこれまでのフィルモグラフィ以上に神経の行き届いた演技に挑戦している。第6話、サニョンは祖母の実家の縁台に腰をかけ、手についたほこりをみつめながら「お祖母さん……私、遺産を受け取る資格がないかも。生まれて初めてよ、こんな気持ち」とつぶやく。怒りや恐怖といったアグレッシブな感情の裏側にある悲しみや戸惑い、自分の中にいる全くコントロールできない何者かへのもどかしさが重層化し、表情や仕草に奥行きを作り出している。このドラマシリーズで、俳優キム・テリは間違いなく一つ上のステージへ上がった。

なぜ幽霊はいつも女性なのか?

 フェミニズムに関するコラムを執筆する韓国人作家のハ・ミナは、あるコラム(※2)で「なぜフィクションで描かれる幽霊には女性が多いのか」という疑問を呈している。言われてみればたしかに、私が子どもの頃に祖父母から聞かされた四谷怪談の“お岩さん”も、番町皿屋敷の“お菊さん”も女性だ。皆、男性からの手ひどい仕打ちで命を落とした後、執念深く一家を呪い、最後は供養して鎮められる恐ろしい存在として語られてきた。コラムの中で、真夏のスクリーンを賑わすホラー映画には若い女性の幽霊が多いことを示しながら「私達が“恐怖のコンテンツ”として消費する文化の基礎には、根深い女性嫌悪の歴史がある」とするハ・ミナの指摘は興味深く、うなずくところが多い。

 オカルト表象においては、長くジェンダーの不均衡が許容されてきた。本作での“悪鬼”も、共同体の犠牲にされたのは少女モクタンであることから、そうした伝統と重なる部分も否めない。それでも金や所有欲など人間の広義の欲望に根差している点は、やや異質な様相を見せている。何より、本作で“悪鬼”と取り憑かれた人間との関係は、多くの幽霊譚とは違いもっと複雑だ。サニョンは“悪鬼”を憎む一方で、自身が急速に失いつつある視力が唯一回復するのは“悪鬼”が出現している瞬間だけであることから、「私もあんたが欲しい」と苦しい本心を吐露している。最終話に向けて、“悪鬼”に対する葛藤がどのように変化していくか、大いに期待している。

参照

※1. https://eiga.com/news/20230707/9/
※2. https://m.hankookilbo.com/News/Read/A2021081815040005764

■配信情報
『悪鬼』
ディズニープラス スターにて独占配信中、毎週金・土に2話ずつ配信
出演:キム・テリ、オ・ジョンセ、ホン・ギョン
©STUDIO S. All rights reserved.

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