『エルピス』は「何を渡せるかが勝負」 佐野亜裕美Pが語る、物語に込めた実体験の空気
実在する複数の事件から着想を得て制作された社会派エンターテインメント『エルピスー希望、あるいは災いー』(カンテレ・フジテレビ系/以下『エルピス』)。
本作は、佐野亜裕美プロデューサーが2016年頃から『カルテット』(TBS系)の撮影の合間をぬって、島根在住の脚本家・渡辺あやの元に通い、温めてきた6年越しの企画。2人の雑談から出来上がっていったという本作の原点や、本当に生きているのではと感じさせるキャラクター造形の秘密を、佐野プロデューサーのインタビューから紐解いていく。
『エルピス』は「打ち合わせ系」のドラマ
ーードラマの反響はどう受け取っていますか?
佐野亜裕美(以下、佐野):これまで自分が担当してきた他のドラマではなかった部分でいうと、法曹界の方や、実際の冤罪の事件の関係者の方から、熱い感想のメールをいただくことがありました。このドラマをやる上で、実際にこんな冤罪事件が起こっているんだということを知ってもらうのは1つの大きな目的だったので、そういう経験をされている方が面白いと思ってくれて、一部達成されたのは嬉しかったです。
ーー確かにドラマのレビューを出すとコメントが普通の記事より長いです。SNSを見ていても、熱い感想を綴られている方が多い気がします。
佐野:すごく熱心に観てくださる方が多いですよね。この前、(渡辺)あやさんと、ドラマの中でも「パーティ系」と「打ち合わせ系」があるよねという話になって。「パーティ系」はたくさんの人が参加してワイワイして楽しむのが大事だけど、『エルピス』は「打ち合わせ系」で、打ち合わせに臨もうと思って参加してくれた人に何を渡せるかが勝負だから、その点においては何か渡せていると私は思っていますよ、と言っていて。そういう何かを渡せた人たちが、そのリアクションとして、例えば長いメールをくださるというのは、これまではなかった手応えとして感じています。
ーーこれまでの作品は、届けるべき明確な相手がいて、ドラマを作っていると聞いていましたが、今作は誰に向けてになるんでしょう?
佐野:『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)は私の親友に向けて、『カルテット』は17歳の頃の自分へ……そういうのがいくつかあるんですけど、今回は個人を特定させるのがすごく難しいんです。このドラマが成立するまでに6年ほどの過程があったので。企画した当時は、苦しい時期だったのもあり自分のためにやっているようなところがありました。でも今は、そこから脱出して、転職したことだけじゃなく、精神的なものとかプライベートも全部含めて、そのときとは自分が置かれている状況が違うから、単純に自分に向けて、みたいなことではなくなっていて。過去の自分のような思いをしているであろう仲間たちに向けてというか。きっと同じように苦しんでいたり悩んでる人がいるはずだと思うので、あえて言語化するとしたら、過去の自分、そして自分と同じような思いをしている、特に組織で働く女性に向けて作っているんだと思います。
呪いと憎しみが込められた斎藤
ーー渡辺あやさんにインタビューした際、『エルピス』には佐野さんの実体験が生かされているかもという話をされていましたが、実際はどうなんでしょう?(※)
佐野:多少はありますね。でも、ほかの作品でもそうなんですけど、“私の実体験がそのまま書かれている”ということではないんです。その体験が持つ空気や要素を作家さんが物語に落とし込んでくれています。「村井にモデルがいるんですか?」と聞かれても、別にモデルはいないんですよ。例えば、私が入社してすぐに入った番組の上司はオンエアが終わったら必ず飲みに行くんですよね、という話をして、その側面が村井のある一部分になっていたり。あんなにひどいセクハラ発言を受けたことは私自身はなくても、友達の上司にそういうことを言う人がいて、それも一部になっていたり、そういう混ざり方をしています。
ーー舞台となるテレビ局で起きていること、特に『フライデーボンボン』内でのVTRのすり替えなどはすごくドキドキした展開でしたが、こういう実際にありそうでなさそうな展開はどういうアイデアから生まれているのでしょう?
佐野:第3話で恵那(長澤まさみ)がVTRを差し替えましたが、差し替えるとどういうことが起こるのか、というのを想像してみるんです。まず現場のプロデューサーがサブに呼び出されます。翌日にはおそらくこういう騒ぎになって、だけど実は局長は知らなかった、みたいなことがあり得て、ただ「局長がこう言ってた」と勝手に処理して潰しにかかる人が現れますね、とか。そういう実際には体験していないけど、身の回りにいる人たちがどういうリアクションをするかということをイメージして伝えたりしますね。
ーー長澤まさみさん演じる主人公の恵那には、佐野さんご自身の経験などが反映されている部分も多いのでしょうか?
佐野:恵那のような仕事のやり方で、自分を騙しながら自転車操業でやっていると、体に不調が出てくるというのは実体験でもありました。それが恵那の場合は摂食障害で現れて、私の場合は違うので、実体験そのものではないですが、経験してきていることではあるという感じです。
ーー佐野さんも以前ツイートされていましたが、鈴木亮平さん演じる斎藤(正一)キャップは「最低で最高な男」として、わりとひどいことをしているのに憎めない、絶妙なキャラが好評ですが、どうやって作られたのでしょう?
「プロデューサーは裁判官たれ」と教わって育ってきたので、特定の登場人物に入れ込むことはないのですが、斎藤キャップに関しては職務を離れたところで、一視聴者として、一人間として、毎度あががとかぐぐぐとかなります。渡辺あやさんに特別にお願いしたのは「関西弁」ぐらいです…
— 佐野 亜裕美 (@sanoayumidesu) November 15, 2022
佐野:私の周りにマスコミ業界で働く独身の友人が多いんです。独身である理由は人によって色々あるんですが、そのうちの1つに、やっぱり痛い目を見てきて、異性が信じられなくなったという人が何人かいて。私自身の話もですし、そういう人たちから聞いたいろんなことを、「友人がこんな奴に捕まっていて本当に許せない!」みたいに話して出来上がったのが斎藤です。呪いというか、憎しみもあります。だけど、斎藤のような人たちには彼らなりの理想や正義があるんですよね。ちゃんと魅力的だから惹かれてしまっているので、斎藤が本当にただの嫌なヤツとして描かれたら、それはそれで嫌で。意図的に、戦略として翻弄してるわけじゃない部分もあって、彼らは理想や信念を追求しているだけなんですよね。あやさんに託してそういうところを書いてもらえたのが、私自身、過去の自分の嫌な経験が昇華された感じがしました。