『エルピス』は「何を渡せるかが勝負」 佐野亜裕美Pが語る、物語に込めた実体験の空気
電車の移動でみる人間観察が材料に
ーーキャラクター設定は渡辺あやさんと佐野さんが相談されて作っていくという感じだったんでしょうか?
佐野:打ち合わせのほとんどが雑談なんです。特に企画を立ち上げるときは、「主人公はどんな人がいいかな」「女子アナはどうですかね」「女子アナといえば私の知り合いにこんな人がいて……」というような話をした気がするのですが、それでキャラクター造形をしてほしいわけではなくて、材料になればいいなという気持ちで。雑談半分、これが使われればいいなっていう気持ち半分で、たくさんのおしゃべりをしました。相談して作っていくというより、素材とか燃料を渡して、その中から取捨選択して、追加でこういう人ってどういうところに住んでいるんだろうとかを詰めていきながら、出来上がっていきます。
ーー佐野さんが作られる作品は、本当に生きている気がするような人物が多いなと感じることがあって。『カルテット』や『大豆田とわ子と三人の元夫』は、放送が終わっても「あの人、今どうしてるのかな?」とふと気になってしまうような。そういう人物たちの生かし方で意識されていることはありますか?
佐野:そういう人物を書ける作家さんとしかやらないようにしている、というのもありますが、実際にキャスティングできるかどうかは別にしても、先にイメージキャストとして当て書きで寄せて作っているのも大きいかもしれません。長澤さん以外は、もともと想定していた頃から6年以上経ってるので、全員キャスティングし直しているんですけど、イメージが近い人だったりしますし、キャストが決まったら、その人に合わせて細かく直したりします。役者さんが持っている身体性や喋り方、間の取り方、どういう服が似合うかなど、そういうことを1つとっても、そこに人間性が表れるので。なるべくそういうことを決めてからスタートするのを大事にしています。
ーーなるほど。
佐野:あとは、「この人はこういう局面でこうは動かないんじゃないですかね」と細かく言ったりしていて、それを言うために基本的に人の観察ばかりしているんですよね。どんなに忙しくて眠る時間すら取れない時でも、できるだけ電車で移動して、できるだけ違う路線に乗る。例えば私が毎日使っている井の頭線は井の頭線のカラーがあって、たまに京浜東北線とか目黒線に乗ると全然違うんです。なので、電車の中で人を見ることはすごく大事にしてます。このコートにこのバッグを合わせるのもアリなんだとか、電車以外でも、よく行く焼き鳥屋の常連のおじさんが素晴らしいスタイリングだったり、いろんな人を見て、「なるほど、こう来るか」とよく観察しています。
ーー役者さんとは役をどう詰めていくのでしょうか?
佐野:今回はプロデューサー兼、ある種テレビ局監修のようなこともしていて、例えば拓朗役の(眞栄田)郷敦くんから、「僕が今この立場でこの情報を知ったら、どのぐらいびっくりするものなんでしょうか?」と聞かれたり、「それガセだよ」と言われたらどれぐらい傷つくのかなどを、1つ1つ一緒に確認しましたね。情報料を払うことがどれくらいダメなことか、普段しないことだと拓朗はわかっているのかどうかとか、郷敦くんはすごく丁寧に詰めていくタイプなので、たくさん話しました。亮平さんとは、政治部の官邸キャップをやっている人に取材にも行きました。長澤さんはかなり前からずっと台本を読み続けてもらっていたので、実は役の話は一番していなくて、もう掴んでいたという感じですね。あんなに素敵なのに、いつも自分に反省している方だなと思っていて、恵那とはきっと別の形ではあるでしょうけど、同じようにこれがうまくできないと思って悩んだり、恵那と近しい経験をしてきたことがあるのかもしれないなと勝手に思っています。
岡部たかしに救われた村井のキャラクター
ーーあと、岡部たかしさん演じる村井。第1話での言動にはびっくりしましたが、第5話でのカラオケには泣かされました。
佐野:岡部さんは本当にずっと最高なんです。最初は2017年の『カルテット』の第8話で、ゲストとしてたこ焼き屋のおじさんをやってもらったんですよ。脚本の坂元(裕二)さんも、すごく良かったと言ってくださって。成立していないものもありますが、ドラマをやる度に毎回必ずオファーはしているんです。それぐらい大好きな役者さんです。『エルピス』はもともと2017年の1年で脚本を作っていたので、当時は2018年の放送を想定していて、2014年から16年ぐらいのタイムスパンの物語にしようと思っていたんですよ。今放送している『エルピス』は、2018年の6月から大体2年ぐらいの話になるので、村井という人の受け取られ方がだいぶ変わっているんですよね。セクハラというものの受け取り方が、2014年、2018年、2022年でそもそも違っていて。2018年の物語としてテロップも出しているんですけど、どうしても視聴者は今の話として観るので、受け取り方が全然違う。日本の#MeToo運動が始まったのが2018年頃なので、もし2018年に放送していたら、まだ村井のするようなハラスメントをする人がギリギリいるなというふうに受け取られた方が多かったように思いますが、2022年のテレビ業界にはもういないように思うし、「こんなに昭和を引きずってる人いるの?」みたいに、ものすごく古い、レアなキャラとして驚きを持って受け取った方が多かったと思います。そんな村井というキャラクターをここまで持ってこれたのは、脚本の力もありますけど、やっぱり岡部さんがすごくうまい方で、人間的にもチャーミングな人だからだと思います。村井はすごく難しい役で、1番心配していたので、本当に救われました。
ーー映像面では、シーン作りでこだわっているところはありますか?
佐野:映像はほとんど全て大根(仁)さんにお任せしています。基本的にはその道のプロがいいと思ったものがいい、と思うので、あまり細かく言ったりしない方針なんです。主題歌も基本は投げっぱなしで。技術面に関していろいろ聞かれるんですけど、クリエイティブプロデューサーの稲垣護さんと、監督の大根さんとカメラマンの重森(豊太郎)さん、照明の中洲(岳士)さんに任せています。映画やCMの人が多かったので、テレビで観ることを意識してください、というのは伝えました。現場も基本的にはお任せしていて、芝居が気になったときだけ言いますね。私がもともと意図していたものと違うことはいいんですけど、例えば第4話単体の作品として作るんだったらいいかもしれないけど、1話から10話まである『エルピス』の第4話としては、これは相応しくないと思ったら、その前後のバランスを見れるのは私しかいないので、それについてはきちんと言います。そうしたこと以外は信頼できる人をスタッフィングできたら、もうお任せです。
恵那と拓朗は2人で1人の主人公
ーー渡辺あやさんが「信頼できる人がいれば、希望を持てる」と話していましたが、恵那と拓朗が「八頭尾山連続殺人事件」の究明に向けて交互に降りたり戻ってきたりしながら、2人の信頼関係が見えてくるのが面白いなと感じています。
佐野:人って、快調と不調を繰り返していくと思うんですよね。ようやく第5話のラストで二人が一緒になったと思ったら、第6話で1人外され、1人は栄転。でも栄転したと思った方は忘れていっちゃったりして、ひとつの場所に留まれずに、良いときとダメなときとを繰り返していく。そういう多面性を描きたいと思っていました。今回、もちろん冤罪を入り口にはしているんですが、例えば真犯人が誰であるか、ということについて「こうきたか!」みたいな考察や謎解きを楽しむドラマというのは意識していなくて。恵那と拓朗は2人で1人の主人公なので、この主人公たちがどう再生していくのか、「その人を信じられることが希望だ」という最終話のセリフにどう辿り着いていくかの、ある種の冒険劇なんです。そして、人生というある種のロードムービーでもあるし、再生の物語でもある。そういうものとして観ていったら、行ったり来たり、ダメになったり良くなったりするのは当たり前であって。
ーーそんな恵那と拓朗のコンビを築く上で工夫されたことはありますか?
佐野:バディものを作るときは、凸凹コンビにするのが昔からの鉄板の方程式で、知り合いのプロデューサーに台本を読んでもらったときに、恵那と拓朗には凸凹がないと言われたことがありました。不調になったときに恵那も拓朗も食べられなくなるのは似過ぎているから、その不調の出方を変えた方がいいって言われて。それは物語作りの方程式においてすごく正しいことだと思うんですけど、そう変えるのは嫌だなと思って、そのアドバイスを聞かなかったんですよね。そしたら、あやさんが放送前のインタビューで、恵那と拓朗は、あやさんから見た私という人間を2つに振り分けて作ったと話していて、なるほどと思いました。そりゃ似るというか、この人のある部分が暴走したら相手が抑えにかかったり、片方が落ちたら片方が上げていくみたいなこととか、追いかけっこしながら共に進んでいくのは、そういう主人公だからなんだなって。それがこのドラマの特異性で、他のドラマにはない人間の描かれ方だと思うので、それはそれで面白いんじゃないかなと思っています。
ーー今回の『エルピス』を経て、これから作りたいドラマだったり、こうしていきたいと考えたことはありますか?
佐野:いつか女性同士の連帯を描くシスターフッドの物語を作りたいと思っています。今回はチェリー(三浦透子)と恵那というのがうっすらあるんですけど、そういう物語をいつかやりたいなと。あとは予算規模の大きいドラマをやって、スタッフやキャストにもっとギャラを払いたい。物価も上がり、ガソリン代も上がるけど、製作費は上がらない。「はー、苦しい」って毎回思ってます。だから率直な今の思いとしては、何をテーマにするか、ということよりも、制作費に関する思いが大きいですね。
参考
※ https://realsound.jp/movie/2022/10/post-1167351.html
■放送情報
『エルピスー希望、あるいは災いー』
カンテレ・フジテレビ系にて、毎週月曜22:00~放送
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、三浦透子、三浦貴大、近藤公園、池津祥子、梶原善、片岡正二郎、山路和弘、岡部たかし、六角精児、筒井真理子、鈴木亮平ほか
脚本:渡辺あや
演出:大根仁ほか
音楽:大友良英
プロデュース:佐野亜裕美(カンテレ)
制作協力:ギークピクチュアズ、ギークサイト
制作著作:カンテレ
©︎カンテレ
公式サイト:https://www.ktv.jp/elpis/
公式Twitter:@elpis_ktv