脚本家・渡辺あやが『エルピス』に込めた思い 「人間っていくつになっても変われるもの」

脚本家・渡辺あやが『エルピス』に込めた思い

 10月24日にスタートした秋ドラマ一番の注目作『エルピス―希望、あるいは災い―』(カンテレ・フジテレビ系)。テレビ局のエースの座から転落したアナウンサーの恵那(長澤まさみ)が、連続殺人事件の犯人とされ死刑判決を受けた男が無実である可能性を知り、若手ディレクター・拓朗(眞栄田郷敦)と共に真相解明に向けて立ち上がる。オリジナル脚本で報道と個人の正義をめぐる物語を描いた渡辺あやに聞いた。

「背後に何が潜んでいるかわからないという怖さがある」

エルピス ―希望、あるいは災い―

ーー渡辺さんはこれまで『カーネーション』や『今ここにある危機とぼくの好感度について』など、NHKで連続ドラマを書いてきましたが、今回、初めて民放で書くことにしたのはなぜですか?

渡辺あや(以下、渡辺):2016年の春ごろ、プロデューサーの佐野亜裕美さんが私の暮らす島根まで来てくださって「何か一緒に作りましょう」ということになりました。シンプルにそれだけが理由です。

ーー渡辺さんはNHKの他ではドラマをやらないと思っていたので意外でした。『エルピス』の舞台がテレビ局になったのは、佐野さんがテレビ局員だったからでしょうか?

渡辺:そうですね。私は自分から「こういうのを作りたい」と案を出すより、「一緒にやりましょう」と言ってくれる人と組んだからこそできるようなものを作りたいと思うんですよ。プロデューサーさんと2人で同じ熱量で取り組めるものがいいので、そのためにはどういうテーマがふさわしいかという順番で考えます。それで、佐野さんはテレビ局にお勤めで、テレビ局のことを誰よりもご存知なので、そこを舞台にしました。当然、テレビの報道の現場を描くのはすごく難しいだろうな、企画としてもたいへんだろうなとは思ったんですけど、たぶん、それが一番面白いものになるから。

エルピス ―希望、あるいは災い―

ーー主人公の恵那がアナウンサーで、拓朗が情報番組のディレクター。2人の職場環境がとてもリアルで、佐野さんの体験談が活かされているのではと思いました。

渡辺:それはもう多分に(笑)。打ち合わせのときなんて、8割ぐらいは佐野さんの愚痴を聞いていたような感じで、「面白い!」と。報道の現場にはいろんな問題があるそうで、「はーっ、なるほど」と思うことがたくさんありました。私自身、テレビに限らずマスコミの報道を見て「なんでこんなことになっているんだろう?」と疑問を抱き始めたタイミングだったんですよね。報道されている内容を見ると、多分に忖度とか、そういう事情があるんだなと感じていたんです。私が子供の頃は、ニュースに出てくる報道のおじさんたちは権力と戦う人たちだと思っていたのに、どうやらテレビ局も世代交代し、今ではだいぶ事情が違ってきているらしいと……。もちろん、組織というものは一枚岩ではなく、忖度してしまう人たちもいるけれど、戦おうとする人もいるし、真実を追求したいと思っている人たちもいるのではないか。そういう人たちがいるとしたら、今、どういう振る舞いをするのだろうということをドラマにして自分で観てみたかったっていう感じですね。

ーー渡辺さんが興味を持ったことを劇中でシミュレーションするような感覚なのでしょうか? 第1話のラストでは、恵那が冤罪の疑惑を追及しようと決心するくだりが印象的でした。

渡辺:そうです。「この現場にこういう人がいたら、どうするだろう」というシミュレーション。恵那はあの年頃のあの立場の女性にありがちな、自分の限界はここだと思って全てを諦めてしまっている感じ。「このままではいけない」と思いながら、どうしていいかわからず鬱々としているというのが、彼女のスタート地点だと思います。私自身、そういう時期はありましたし、女性に限らず、いろんな人が経験するひとつの過程ではありますが、そこから彼女が再び何かを取り戻していくような物語になればいいなと思いました

ーー実際に長澤さんの演技を見て、いかがでしたか?

渡辺:すごく良くて、とても感受性の豊かな人だなと思いましたね。感情性が豊かだからこそ、いろんな表情を見せてくれるし、まだ見せたことのない表情や聞いたことのない声もあるんじゃないかなと……。あれだけのキャリアを持ちながら、そんな予感をさせる女優さん。恵那がトイレで吐くシーンもあって、私は本当に妄想で書いたんですが、きっとこんなふうにしんどかった時間も彼女の人生の中にある気がして、そこもすごく魅力的ですよね。

エルピス ―希望、あるいは災い―

ーー『ここぼく』では鈴木杏さん演じるポスドクが研究室の論文不正を内部告発していました。恵那もそうで、拓朗があきらめてしまったのとは対照的です。男性より女性のほうが孤立無援状態でも不正に立ち向かっていく物語を描いていますね。

渡辺:そうなりがちなのは、私自身が現代社会を生きていて、そういう印象を持っているからでしょうね。何かあったとき、女性の方がまだ立ち上がりやすそうだなという……。やはり男性は社会的にプレッシャーを抱えやすく、女性が会社での立場などをパッと捨てられるところを、男性はなかなか捨てにくそうにしているなと。そう見えることが多いですね。

ーー近年のドラマを観ていますと、渡辺さんの作品や野木亜紀子さんの『フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話』(NHK総合)、安達奈緒子さんの『サギデカ』(NHK総合)など、女性の脚本家の方が現実に即した物語を描き、真正面から問題提起をしていて、逆に男性の脚本家が書くものはコミカルだったりし、少し現実から逃げているような印象があります。

渡辺:他の女性の脚本家がどういった状況で書いていらっしゃるかはわからないですが、私に限った話ですと、私は基本的に主婦で、生活に必要なお金は主人が稼いできてくれています。私がいつ脚本の仕事を辞めても経済的には支障はない。だから、偉そうには言えないんですが、その点が非常に大きくて、男性はやっぱり家庭を持っていると稼ぐ責任があって、そこでブレーキがかかってしまうのも無理からぬことだなと思います。

渡辺あや
渡辺あや

ーー渡辺さんの作品では、みんなが立場を守ろうとした結果、不正が起きてしまうということを描いていますよね。『エルピス』でも、誰かが計画的に冤罪報道をしようと企んだわけではないのにそうなってしまったというように見えます。

渡辺:それも私自身が「意外とこういうことなんじゃないかな」と思っているからでしょうね。世の中にすごい悪の黒幕がいるというよりは、それこそ善人たちが忖度しあったり何かを押し付け合ったりし、その場しのぎで何かをしてしまったがために、たいへんなことになる。大体のことがそうなんだと思います。故にこそ、問題が根深いというか、単純に誰かを倒せばいいということではない。多くの問題はもっと重層的な構造になっている気がします。

ーー第1話でもテレビ局の報道部にいた村井(岡部たかし)が「冤罪をあばくということは、国家権力を敵に回すってこと」と言いますね。

渡辺:その場面のセリフにもありますけど、背後に何が潜んでいるかわからないという怖さがあります。敵が見えない、誰と戦えばいいかわからないというのが、現代に象徴的な傾向で、では、そういう社会の中で自分たちは何を信じ、どう振る舞えばいいのだろうと……。ドラマを書きながら自分でもそのことについて考えたかったですし、観た人にも一緒に考えてもらいたいと思っています。

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