『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』に刻まれた“3つの進化”

『ブラックパンサー』続編の“3つの進化”

進化その3

ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー

 これまでで最も意義深い進化――オークランドからハイチへの移行。前作のラストシーンでブラックパンサー=ティ・チャラは、苦労の末に倒した仇敵のキルモンガーの生まれ育ったカリフォルニア州オークランドに、青少年支援センターを作る。そして今回はティ・チャラの元恋人ナキアが、ワカンダの王権的威光から遠く離れたカリブ海のハイチに学校を作り、教育に身を投じている。ティ・チャラが青少年支援センターを作ったオークランドは、全米屈指の犯罪多発都市であり、1960年代に共産主義革命による黒人解放を提唱したブラックパンサー党(日本での表記は黒豹党)の生まれた街である。党の創設者たちは当然、マーベルコミックの『ブラックパンサー』から党名を採った。さらになんと、このオークランドという街は『ブラックパンサー』の両作で監督をつとめた黒人映画作家ライアン・クーグラーの故郷なのである。彼の長編デビュー作『フルートベール駅で』(2013年)は、オークランドとサンフランシスコを結ぶベイエリア鉄道駅で発生した、白人警官による黒人青年射殺事件を題材にした作品である。そして射殺された実在の黒人青年オスカー・グラントを演じたのは、同作のあとに『クリード チャンプを継ぐ男』(2015年)でクリードを、『ブラックパンサー』ではキルモンガーを演じることになるマイケル・B・ジョーダンである。

 屈指の犯罪都市を背景に、黒豹党~ライアン・クーグラー~『フルートベール駅で』と繋がっていくオークランド・コネクションこそ、第1作『ブラックパンサー』の裏の、さらには真の主題だった。ところが今回、裏/真の主題が、ティ・チャラの画策するオークランド・コネクションから、ナキアが現地子弟の教育活動を実践するハイチ・コネクションへと転移する。ハイチおよびマルティニークはネグリチュード文学運動の中心地である。ネグリチュードとは黒人の自覚を促す標語であり、文化的な保証タームだ。本作で密やかにつぶやかれるひとつの名前――トゥーサン。それはハイチ独立運動の指導者トゥーサン・ルーヴェルチュールから導かれた名前。トゥーサン・ルーヴェルチュールもまた西アフリカのダホメ王国(現ベナン共和国)の王族につらなる父祖を持っている点で、『ブラックパンサー』の主役一族と共通する。

 『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』が依拠する、裏/真の主題たるハイチのネグリチュードは、トゥーサン以外にもうひとつの名前を召喚する。その名はロクサーヌ・ゲイ。アメリカ・ネブラスカ州生まれのハイチ系黒人女性であるロクサーヌ・ゲイ(1974年生まれ)の著作は、日本でも『むずかしい女たち』『飢える私』『バッド・フェミニスト』とぞくぞくと邦訳が刊行されてきている。『バッド・フェミニスト』のなかでロクサーヌ・ゲイはライアン・クーグラー監督の長編デビュー作『フルートベール駅で』を擁護し、それはクエンティン・タランティーノ監督『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012年)やスティーヴ・マックイーン監督『それでも夜は明ける』(2013年)を苛烈に批判した返り血を浴びた上での擁護だけに、よりいっそうの迫真的な批評性を帯びる。

 ロクサーヌ・ゲイは詩人ヨナ・ハーヴェイと共同で、なんとマーベルコミック社の依頼でブラックパンサーのスピンオフ漫画に参加している。『Black Panther: World of Wakanda』(2016年刊/未邦訳)。この作品では王室親衛隊「ドーラ・ミラージュ」の隊員アヨとアネカのクィアな関係が描かれている。映画ではアヨはフローレンス・カサンバ、アネカはミカエラ・コールによって演じられているから、カサンバ&コールのW主演で『Black Panther: World of Wakanda』が映画化もしくは配信ドラマ化される可能性も決してゼロではないだろう。

 本稿では試論として3つの進化を謳った。進化その1:「ヒーロー不在のヒーロー映画」の実現。進化その2:黒人/女性の集団体制による父権性否定。進化その3:裏/真の主題の、オークランドからハイチへの移行。このややもすれば風変わりに終始した感のある『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』拙評の最後は、2冊のブックガイドとして機能することで筆を置きたいと思う。この2冊は『ブラックパンサー/カンダ・フォーエバー』への理解をアップデートする上で素晴らしい役割を演じてくれるはずである。

ブックガイド

『バッド・フェミニスト』 ロクサーヌ・ゲイ著、野中モモ訳(亜紀書房刊)

前述のごとく著者のロクサーヌ・ゲイは、フルートベール駅-ブラックパンサー-ハイチ-黒人-女性-LGBTQを繋ぐ重要なキーパーソンであり、同性愛者である彼女自身、白人女性作家のデビー・ミルマンと同性婚を果たし、彼女たちの後見人は、あのフェミニズム運動の巨星グロリア・スタイネムである。『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』は本書に対するライアン・クーグラーによる大がかりな返礼とさえ言っても過言ではない。

『ワンダーウーマンの秘密の歴史』 ジル・ルポール著、鷲谷花訳(青土社刊)

ワンダーウーマンが20世紀初頭の第一波フェミニズムと1970年代の第二波フェミニズムの間隙のミッシング・リンクとして役割を果たした歴史的意義を紐解く。ワンダーウーマンの原作者W・M・マーストン(1893〜1947年)は男性ながら初期フェミニストである一方で、嘘発見器の発明者でもある。この件については『ワンダーウーマン1984』の拙評でも論じている。ワンダーウーマンはご存じのとおりマーベルコミックのライバルであるDCコミック陣営のキャラクターではあるが、本書はアメコミ・スーパーヒーローにおける女性の存在論について大いなる知見を与えてくれる卓抜な名著である。

『ワンダーウーマン 1984』にみるアメリカ近現代史 “ヘスティアの縄”が果たす重要な役割

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■公開情報
『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』
全国公開中
監督:ライアン・クーグラー
製作:ケヴィン・ファイギ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©︎Marvel Studios 2022

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