『silent』『いちばんすきな花』『海のはじまり』 生方美久が紡ぎ続ける“優しい世界”を再考

生方美久が紡ぎ続ける“優しい世界”

 生方美久が脚本を手がけた連続ドラマ『silent』(フジテレビ系)と『いちばんすきな花』(フジテレビ系)が、TVerで無料配信されている。

 2020年代のテレビドラマにおいて、生方美久の登場は一つの事件だった。

 生方美久は2021年に『踊り場にて』で、第33回フジテレビヤングシナリオ大賞を受賞し、28歳で脚本家デビュー。翌2022年に放送された『silent』で初めて連続ドラマを執筆。これは生方の才能に惚れたプロデューサーの村瀬健による異例の大抜擢だった。

『silent』はなぜ我々の心を掴んで離さないのか? 風間太樹監督に演出の意図を聞く

現在放送中のドラマ『silent』(フジテレビ系)が、私たちを虜にしてやまない。リアルタイムで視聴するだけにとどまらず、見逃し配…

 『silent』は、青羽紬(川口春奈)が高校時代に恋人だった佐倉想(目黒蓮)と再会する場面から始まるラブストーリーだ。若年発症型両側性感音難聴を患い、耳が聴こえなくなった想と向き合うため、紬は手話を習いメッセージアプリを駆使することで声に頼らない対話を試みる。

 タイトルの『silent』とは想を取り囲む「音のない静かな世界」のことだ。同時にそれはコロナ禍で大きな声を出して会話をすることを躊躇うようになった私たちが直面している新しい現実とも重なっていた。『silent』が当時、若者層を中心とした多くの人々に受け入れられたのは、コロナ禍という「静かな世界」で暮らす自分たちの物語だと感じたことが大きかったのではないかと思う。

 また、恋敵同士のバトルを描かなかったことが、恋愛ドラマとしての『silent』の新しさだった。

 想と再会した時、紬は想の親友だった戸川湊斗(鈴鹿央士)と付き合っていた。これまでの恋愛ドラマなら想と湊斗が紬を取り合う恋のバトルが勃発するのだが、紬の気持ちに気づいた湊斗は自ら別れを切り出す。

『silent』最後まで煌めいていた湊斗の優しさ それでも“幸せになれ”と願いを込めて

なにかを失った時、その喪失感に対して使用される「〇〇ロス」という言葉。誰かの引退や休業だけでなく、ドラマなどのコンテンツが最終回…

 「主成分・優しさ」と言われるくらい湊斗は優しい男だが、こういうキャラクターは恋愛のドロドロに巻き込まれると闇堕ちするというのが、これまでのパターンだった。

 だが湊斗は最後まで優しい男で、むしろ想のことも親友として心配する。彼のような青年を魅力的な存在として描き、性善説の世界を全面に打ち出したことが、争いを好まない若者に本作が受け入れられた一番の理由だったのではないかと思う。

 湊斗の存在が象徴的だが、生方美久作品の登場人物は、基本的に全員優しくて相手を思いやる心を持っており、声高に自分の主張を叫んだり、相手を論破しようとしない。

 感情的にならずに小声で冷静に自分の意見を伝えようとするし、相手もまた冷静に対話を試みる。その結果、対立を前提とした既存のドラマにはない「静かで優しい世界」が生まれる。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる