梶原善も『鎌倉殿の13人』の“定石”に飲み込まれるのか “人間”に戻った善児の見事な変化

『鎌倉殿の13人』“人間”に戻った善児

 「善児、なんで泣いてたの?」――これはフラグなのか。

 NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にはどうやら定石があるようだ。本作で自身の意図と違う形で死んでいく者たちは、皆、最期に善き人の顔を見せる。伊東親子(浅野和之、竹財輝之助)も上総広常(佐藤浩市)も源範頼(迫田孝也)も梶原景時(中村獅童)もそうだった。とすると、次にその定石に飲み込まれるのはこの男かもしれない。

 善児(梶原善)。まるではなから人の心など持たぬように、鎌倉の謀殺で暗躍してきた下人である。わたしたちが最初にこの男の恐ろしさに触れたのは物語の序盤。善児が当時仕えていた伊東親子の命令で、源頼朝(大泉洋)と八重(新垣結衣)の子・千鶴丸を川遊びに連れ出し、その幼い命を奪ったと確信した時だ。それ以降もこの男が濁った泥のような目で「へえ」「やっちまいますか」と躊躇なく人を殺めていくさまから、番組のオープニングクレジットに「善児」の名があると、ああ、まと誰かが消されるのか……と、背筋を凍らせたものである。

 そんなアサシン・善児にどうやら大きな変化が起きている。第32回「災いの種」では、源頼家(金子大地)の長男・一幡(相澤壮太)が北条泰時(坂口健太郎)の命令で善児とその弟子・トウ(山本千尋)のもとに匿われていたことが発覚。事態を知った義時(小栗旬)は「あれは生きていてはいけない命だ」と善児に一幡を手にかけるよう命ずるが、善児の返答はこうだった「できねえ」。

 で、できねえ? これまでマシンのように人を殺してきた男のまさかの答えである。義時に「千鶴丸と何が違う」と問われた善児はこう返す「わしを好いてくれている」……なんて哀しい答えだろう。この一言から老いたこの男が主人たちから“人間”ではなく便利な“道具”としてのみ扱われ、人を殺めることだけが己の存在意義だったと読み取れる。誰からも愛されず、長い時の中で澱のように少しずつ少しずつ心にたまっていたものが、一幡の存在を媒介に一気に表出したのだろう。“道具”だった善児は“人間”に戻ってしまった。

 それまでまるで泥のようだった男の目に今は光が宿る。そんな善児の動揺を知ってか、義時が歩を進め自らの刀を抜こうとした瞬間、ふたりの魂が一瞬、入れ替わったような刹那が走った。その刹那を感じとったトウは「一幡様、トウと水遊びいたしましょう」と幼子を連れその場を去る。わたしたちは知っている。一幡もここで千鶴丸と同じ運命をたどるのだと。トウたちが去った後、善児は一幡のために作ったブランコの綱を切る。それは彼が己に宿った人の心を断ち切ろうとしているようにも見えた。

 善児を演じる梶原善、『鎌倉殿の13人』脚本を担う三谷幸喜とは長い付き合いである。若手時代に下北沢の中華料理店・珉亭でアルバイトをしていた梶原は、当時、三谷の舞台に出演していたバイト仲間・松重豊の紹介で三谷が主宰する劇団「東京サンシャインボーイズ」に籍を置くことに。その後、三谷が脚本を手掛ける映像作品にも数多く出演し、舞台のみならずドラマや映画でも独特の存在感を世に知らしめていく。

 俳優の演技をカテゴライズすることには少し気が引けるが、梶原善は強めにひねりが入った役の方が光ると感じる。これまで三谷と組んだ映像作品で特に印象に残るのは、松本幸四郎(当時)主演のドラマ『王様のレストラン』(フジテレビ系/1995年)と香取慎吾が主演した映画『THE 有頂天ホテル』(2006年)。前者では凡庸な能力しか持たない皮肉屋のパティシエ・稲毛を、後者では死にたがる演歌歌手・徳川膳武(西田敏行)のクセの強さをものともしない付き人・尾藤を魅力的に構築していた。両者とも才能ある人を支える立場でありながら、つねに物事を斜め左上から見ているような役柄で、面倒だがどこか憎めない、そんな人物だった。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる