『カムカムエヴリバディ』は数々の“再演”が形作る るいを導く安子たちから受け継いだもの

数々の“再演”が形作る『カムカム』

 煌く海の水面の先にアメリカを見ながら、るい(深津絵里)とジョー(オダギリジョー)が「On the Sunny Side of the Street」を歌っている。るいの両親、安子(上白石萌音)と稔(松村北斗)にとって大切な曲であり、るいの幸せを祈る名付けの由来ともなった曲。その曲が今度はるいとジョーを結びつける。

 女性三代、100年のファミリーストーリーを描く『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)では、こうした「再演」がたびたび見受けられる。運命のいたずらによって断絶を迎えてしまった安子とるい。しかし2人のヒロインの知らないところで、大小様々な「畳句」が物語を彩っている。そしてそれを視聴者だけが知っている。

 たとえば、「店番をするヒロインが客としてやってくる男性と出会う」というシチュエーション、時代劇映画、前掛けに紅い鼻緒の下駄姿、店の配達で少し近づく「あの人」との距離、夏祭りで高まる恋心……etc.。こういった仕掛けは、「安子編」からこの物語を見続けている視聴者にとっては胸が熱くなるものだ。安子が「私の命」とまで言っていた最愛の娘・るいと引き裂かれ、どれだけの思いを残していったか。るいは知らずとも、視聴者はそれを見てきた。だから、時折るいの中に宿る「安子」が姿を現すたびにたまらない気持ちになるのだ。

 るいが住み込みで働くことになる「竹村クリーニング店」の経営者夫婦、平助(村田雄浩)と和子(濱田マリ)が出会って一瞬で見抜いた、るいの育ちの良さ。るいの額と、そして心に刻まれた大きな傷。それらはるいが生きてきた証でもある。和子が用意してくれた温かな朝食を前にしたるいの箸の上げ下ろしの品の良さに、4歳のるいが箸を上手に使う姿を見た千吉(段田安則)と美都里(YOU)が目を細め、勇(村上虹郎)が「義姉さんがようしつけたいうことじゃ」と感心したシーンが思い出される。

 「洗濯物の数だけ人生がある」「受け取るお客さんの嬉しそうな顔が見える気がする」と言い、クリーニングの仕事が面白いと語るるいの姿は、安子が祖父・杵太郎(大和田伸也)や父・金太(甲本雅弘)から受け継いだ「食べる人の幸せそうな顔を思い浮かべえ」という「たちばな」の教えを彷彿とさせる。

 かつて千吉のために入れていたインスタントコーヒーを、るいが丁寧な手つきで供し、ジョーが舌鼓を打つ。このささやかなエピソードに、ドラマの中では描かれなかった7歳から18歳までのるいの人生が立ち上がってくる。後年は隙間風が吹いていたであろう雉真家の中にあって、千吉とるいの間にはほっとする語らいの時間があったことを思わせる。また、あまりの美味しさにジョーが「サッチモちゃん、(コーヒーに)なんか入れた?」と訊ねるくだりでは、安子がおはぎに込めた「おいしゅうなあれ、おいしゅうなあれ」のおまじないが、観る者の心に浮かんでくる。この出来事がおそらくジョーがるいに惹かれる最初のきっかけとなったことも感慨深い。稔が惹かれたのも、そうした安子の「相手の気持ちを思いやる人柄」だった。

 空き地で子どもたちと草野球を楽しむるいの腕前は、父方の叔父である勇とキャッチボールを続けてきた賜物だろう。時にるいの「心の声」がユーモアと少しのシニカルさを帯びているのは、母方の伯父・算太(濱田岳)からの隔世遺伝だろうか。こうした、るいの人となりのひとつひとつが、この物語が紡いできた“織目”と繋がっているように思える。安子、稔、金太、小しず(西田尚美)、千吉、美都里、勇、算太。たとえ彼らの姿がここになくとも、確実にどこかに「いる」。そんなことを感じさせてくれる。



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