『スーパーカブ』が愛される作品となった理由 地方の寂しい風景を儚くも美しい世界へ
『スーパーカブ』は、両親もお金も友達も趣味も将来の目標もない「ないない」の女子高生・子熊が、学校帰りに立ち寄ったバイク屋で、3人の持ち主が命を落としたと言われる中古のスーパーカブを格安の1万円で購入することから始まるアニメだ。
通学のために購入したカブだったが、免許を習得しガソリンの入れ方やメンテナンスの方法を覚えるにつれ、彼女を取り巻く世界は少しずつ広がっていく。
原作は小説投稿サイト「カクヨム」に掲載されKADOKAWAから刊行されたトネ・コーケンのライトノベル。スーパーカブを製造する本田技研工業株式会社が協力・監修をしているだけあってバイクはもちろんのこと、ヘルメット等の関連アイテムの描写も精巧である。
女子高生が未知の世界に触れることで人生が変わっていく物語は、軽音部が舞台の『けいおん!』や野外キャンプを堪能する『ゆるキャン△』など、アニメでは定番化している。
実在する地方のロケーションを取り込んだ背景もアニメでは定番のものだ。ファンがロケ地を訪れる「聖地巡礼」が話題になることも多い。
『スーパーカブ』もカブを通して知り合った女子高生の友情物語としての側面が強く、山梨県北社市のリアルな風景が打ち出されている。同時に子熊たちがツーリングする場面が繰り返し登場するため、彼女たちの物語を追いかけることで、いっしょに旅行を楽しんでいるような気分も味わえる。
コロナ禍で国内ですら気軽に旅行をすることが難しいご時世。せめてアニメの中だけでも旅を楽しみたいという気持ちになることも多い。そういった期待に応えたからこそ、本作は多くの視聴者に愛される作品となったのかもしれない。
おそらく作者は本当にカブが大好きで、アニメスタッフもカブの魅力を伝えたいという作者の意思を何より尊重して、アニメ化したのだろう。
カブにまつわる薀蓄を友人の礼子からたくさん聞かされ、次第に子熊もカブの魅力にハマっていくのだが、視聴者も子熊といっしょにカブの素晴らしさを学んでいく。知らなかった知識が物語を通して血肉化していく流れは、とても楽しい。
こういった乗り物にまつわるうんちくは、一方的にまくし立てられると気持ちが萎えてしまうことも少なくないのだが、『スーパーカブ』は子熊がバイク乗りとして成長していくペースに合わせて、ゆったりとしたトーンで物語が進んでいくので、最後まで振り落とされることなく楽しめた。自分の好きな世界をゼロから他人に伝えたいと思っている人にとって、こんなに参考になるアニメはないだろう。