武道家ライターが観る『SAKAMOTO DAYS』 坂本の強さの秘訣を真剣に考えてみた

武道家が『SAKAMOTO DAYS』坂本の強さを分析

 ただいま放送中のアニメ『SAKAMOTO DAYS』(テレビ東京系)はなぜ面白いのか。引退して平穏に暮らしていた元・伝説の殺し屋が戦いに巻き込まれ、再び修羅の道へと舞い戻る。このようなストーリー展開自体は、古今東西何度も観てきたパターンではある。代表的なところでは、キアヌ・リーブスの『ジョン・ウィック』シリーズや、クエンティン・タランティーノの『キル・ビル』2部作がこれに当たる。岡田准一の『ザ・ファブル』シリーズも1年間という期間限定とは言え、引退した殺し屋の物語と言えなくもない。名作揃いである。

 『SAKAMOTO DAYS』が単なるよくあるパターンの焼き直しにならなかった最大の理由は、主人公・坂本太郎の造形にある。キアヌ・リーブス、ユマ・サーマン、岡田准一たちは、引退後も変わらずシュッとしている。おそらく鍛錬を怠っていないのだろう。これなら、すぐに現役復帰できるのもうなずける。一方坂本太郎は、見る影もないぐらいにふくよかになってしまった。その「あきらめたらそこで試合終了ですよ」とか言いそうなビジュアルを見ると、もはや一切の鍛錬を行っていないように思える。殺し屋としての強さも、もう残ってはいないのではないか。


 だが坂本は、自分を殺しに来たかつての後輩・シンを、あっさり返り討ちにしてしまう。発射された銃弾に向けてアメ玉を吹き出し軌道を変えてしまう、その動体視力も。シンの背後に回り込むそのスピードも。そこからのハイキックの、相手をサッカーボールのように蹴り飛ばすパワーも。坂本の殺し屋としてのスキルは、一切衰えていなかった。いや、むしろ強くなっているのではないか。

 武道・格闘技の世界では、昔から根強く「動けるデブ最強論」というものがある。たとえ太っていても普通に体を操れるのであれば、単純に重い方が強い。太ってなお俊敏に動ける坂本なら、パッと見75㎏ぐらいの現役時よりも、100㎏はありそうな今のほうが、打撃のパワーは上だろう。筆者も、試合を引退して驚くほど太ったにも関わらず、相変わらず強いままの元・選手を何人か見ている。それらの選手および坂本には、いくつかの共通点がある。


 まず大前提として、現役時代に死ぬほど鍛えていたということ。そこまでして溜め込んだ「鍛錬の貯金」というものは、そうそうなくならない。文字通り命をかけていた坂本なら、なおさらである。ちょっとサボったらすぐ弱くなったというタイプは、そもそもの貯金が足らないのである(例:筆者)。

 とはいえ、いくら貯金が潤沢にあろうとも、鍛錬しなければ減ってはいく。だが引退した選手は、もういい大人として仕事に精を出し始める。坂本も、結婚・引退後は個人商店の経営者となり、子宝にも恵まれた。物理的に鍛錬する時間は少ない。カロリーを消費しないので太ってしまう。見るからに鈍そうになる。だが有事の際は、瞬時に対応できる。なぜか。それは、常にイメージトレーニングをしているからだ。

 坂本は、結婚以来不殺を貫いている。だが、「いかに無駄なく敏速に人を殺せるか」という脳内シミュレーションは、毎日行っている。店先で。態度の悪い客を対象にして。この「常に頭の中で戦いを組み立てる」という習慣は、実に有効なイメージトレーニングだ。常に戦いを考えているということは、常に臨戦態勢ということである。

 また坂本は、戦いがハードになるとスリムになる。強者との殺し合いとは、それほどまでにカロリーを消費するものなのだろう。これを漫画的表現と笑うことはたやすい。だが、江戸川乱歩の名作『孤島の鬼』では、恐怖のあまり一晩で総白髪になる男が描かれている。『あしたのジョー』のホセ・メンドーサや『北斗の拳』のレイも、恐怖もしくは苦痛により、短時間で白髪頭となった。また芸人に胃カメラを飲ませ、その状態のまま精神的ストレスを与え続けることにより、ごく短時間でみるみる胃がただれていく様子を映像として観せた番組もあった(今ならコンプライアンス的にアウトだと思われる)。


 このように強度のストレスというものは、ごく短時間で人体に大きな影響を与えるものなのである。坂本が突然瘦せるのも、ありえなくはない。瘦せたらヒゲまでなくなる理由はわからんが、これもストレスで抜けたと言えなくもない。

 せっかくスリムになった坂本だが、一晩でリバウンドして元の体型に戻る(ヒゲも戻る)。これを単なるリバウンドではなく「リカバリー」と考えた場合、またもや坂本の強さが浮き彫りになる。

 余談だが、体重で階級を分ける格闘技の試合においては、減量がつきものである。それなりに大きな試合であれば、前日計量であることが多い。これはつまり、“前日計量さえパスすれば、試合当日はどれだけ体重が増えていても構わない”ということを意味する。おのずと、試合当日までにいかに体重を「リカバリー」できるかの勝負となっていく。

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