『ヘレディタリー/継承』が愛され続ける理由とは 短編から探るアリ・アスターの作家性
アリ・アスター監督の『ヘレディタリー/継承』がNetflixに配信されてからしばらくの間、国内映画TOP10にランクインしていた。あのトラウマ級のホラー映画が、なぜここまで人に支持され、愛され、「アリ・アスター大好き!」という流れを生み出したのか。それを一言で説明するなら、彼が “ヤバい奴”だからである。彼の初長編作品の配信を祝して、今一度、『ヘレディタリー/継承』(以下、『ヘレディタリー』)の映画としての完成度と彼の作家性を讃えたい。
『ヘレディタリー/継承』ヒットを裏付ける3つの要素
『ヘレディタリー』は、祖母の死を発端に一家が体験する恐怖を描いた作品だ。区分としてはホラーであるが、アスター監督はまず、第一にファミリードラマとして本作を作ることに専念した。それはニコラス・ローグ監督の『赤い影』のような、シリアスなドラマと喪失についての物語であり、ロバート・レッドフォードの『普通の人々』を彷彿とさせる身内の死をきっかけに始まる家族崩壊を描いた映画でもである。しかし、そこにアスターは心霊をサブジャンルとして加えた。彼がBirth Movie Deathでのインタビューで影響を受けた作品として挙げたのが、溝口健二の『雨月物語』、小林正樹の『怪談』、新藤兼人の『鬼婆』、ジャック・クレイトンの『回転』、ロバート・ワイズの『たたり』などだ。
問題はそういった不穏な家族ドラマの物語を、どう見せるかだ。アスター監督はその答えを、映画作りの大事な要素として本作で表現した。具体的に言うと、クラフトマンシップ感じる画作り、見せるものは見せて、見せないものは見せない演出、そして映画を愛する彼だからこそ生み出せた物語のカタルシスがポイントとなってくる。
クラフトマンシップについては、もう映画のオープニングを観るだけで十分に感じられる。一つの家の模型。そしてカメラはその一室、長男ピーターの部屋に近づいていく。画面の枠全てに部屋が収まる頃には、ミニチュアの人形ではなく実際の人間が動き始め、物語が始まる。このシークエンスだけで、この家がドールハウスのメタファーとなり、登場人物が“誰か”の手のひらで遊ばれている無力な存在であること、そして最初からピーターにフォーカスが当たっていたことがわかる。精密な模型を用意するだけでも、映画作りへの情熱を感じるのに、その模型に何重にも重ねた意味性を映すのが、素晴らしい。模型はアニーの作品としてその後も映画の中に登場するが、アニーの模型作りこそ彼女のトラウマを克服する一種の箱庭療法のような行為であり、自身の恐怖を題材にし「製作をしていないと不安になる」というアスターの映画作りと重なる。
本作の模型作りを指揮したスティーヴ・ニューバーンは、過去に『ダークナイト ライジング』や『インセプション』のVFXを手がけている人物。彼と彼の率いる6人程のチームは15個の模型を約10週間かけて作った。もちろん、それらのほとんどが劇中のアニー発狂シーンで実際に破壊されている(つまり、あの発狂シーンは一発撮りってこと……? すご……)。一瞬しか映らない模型なんだ、手を抜こうと思えばいくらでも抜けるのに、製作チームは模型の中のフィギュアや、チャーリーの例の事故シーンの車を実際撮影に使ったモデルから3Dプリントして精密に作っている。こういうディテールに力を入れている作品は、やはり視覚的な掘り甲斐があり、それがこの何度も観たくないトラウマ映画を何度も観てしまう一つの所以なのかもしれない。