『ヘレディタリー/継承』が愛され続ける理由とは 短編から探るアリ・アスターの作家性

アリ・アスターの作家性を読み解く

過去の短編作に散りばめられた作家性

 これまで述べてきたアリ・アスターの作家性は、すでに2017年の『ヘレディタリー』以前に彼が世に放ってきた7つの短編で浮き彫りになっている。

 例えば、彼が最初に作った短編(卒業制作らしい)の『The Strange Thing About Johnsons(原題)』(2011年)は、それこそ彼の“大好き”な「家族」をテーマにした作品だ。主人公の男の子はある日、自慰中に部屋に父親に入ってこられてしまう。父は慌てて彼に「誰でもするから恥ずべきことがない、僕が部屋に勝手に入って悪かった!」と弁解するが、なんと息子がオカズにしていたのはその父親だった。数年経ち、息子が結婚する年頃になると父親の顔の影が濃くなっている。実は彼はずっと、息子にレイプされていたのだった。母親もその現場を目撃するが、見てみぬフリ。そんなジョンソン家の悲劇を描いたのが本作なのだが、これを卒業制作として提出したアスターが怖い。『ヘレディタリー』は彼の身内に起きた不幸からインスピレーションを受けた作品らしいが、この短編に登場する父親の職業が作家で、アスターの両親も同じ様に詩人というのが怖い。とはいえ、これは一種の「息子が父親を恐れ、越えようとする」物語とも言える。アメリカはもちろん、世界共通のテーマだ。それと同時に、家族間の“異常な愛情”も描いている。

  家族間の“異常な愛情”については、2013年に発表した短編『Munchausen(原題)』でも主題にしている。息子が大学に入学するために家を出ることを、寂しがる母親の気持ちを描いた作品だ。16分にわたるサイレント映画として、ビジュアルやイメージだけで物語の全てを物語れる、アスターの手腕を感じさせる一作でもある。家を出ていって息子はキャンパスライフを謳歌して、可愛いガールフレンドができて、結婚もしちゃうだろう。しかし、家に残された私は息子と一緒に楽しんでいたものがもう楽しめない。寂しくなるだろう、息子を手放すのはいやだ。そう考えた母親が、息子への愛ゆえにある行動に出る。タイトルの「Munchausen」がミュンヒハウゼン症候群を意味していていると言えば、その後の展開もお察しがつくかもしれない。『ヘレディタリー』もまた、母から息子に対する異常な愛情表現がテーマだったと言える。アニーはピーターを身籠った時点から何度も流産させようとして、生まれた後も一緒にガソリンをかぶって無理心中させようしていた。それらの行動は全て、自分の男の肉親に起きた悲劇が息子にも降りかかってしまうのではないかという予感、それらから彼を守るための母の愛だったのだから。

BEAU from Faux Beef on Vimeo.

 自身が感じる日常に潜む恐怖を描くといえば、『Beau(原題)』(2011年)でやっている。旅行に行こうとした男が、鍵をかけようとした瞬間に忘れ物をしたことに気づき、鍵をドアに入れたまま室内に戻る。慌てて戻ってくると、ドアから鍵はなくなっていた。何者かに盗まれたのだ。そこから、誰がいつ侵入するかわからない部屋で一睡もできなくなる男のパラノイアが描かれ始める作品。ちなみに主演を務めるのは、ジョンソン家で性暴力を受けていた父親役のひとだ。ろくな目に遭わなくて同情する。本作の特徴は、母親以外の彼と接する人間全員が、彼に暴言を吐くこと。ちなみに廊下で彼に罵声を浴びせた男は、アスター監督本人だ。楽しそうである。

 「あの人は私の悪口を言っているかもしれない」という被害妄想が男を蝕み、最後にはそれを見て楽しむ恐ろしい存在が姿を表す。しかし、映画の冒頭である旅行鞄に薬を入れるシーンで、彼が尋常じゃない量の薬をふだんから服用していることがわかる。果たして彼は“信頼できる語り手”なのだろうか、というツイストも面白い。

 語り手にフォーカスをおいた2作の短編『Basically(原題)』(2014年)と『C’est La Vie(原題)』(2016年)も非常に興味深く、どちらも筆者お気に入りの作品だ。両方が1人の語り手による独白で構成されている。『Basically』はハリウッドの豪邸に暮らす女優が、彼女の家族と生活、恋人について日々頭の中で考える思想を、壊れた蛇口のように語っていく。『C’est La Vie』は同じように、今度はロサンゼルスに住むホームレスを主人公とし、彼が自分の生涯について、そして社会に対して持つ不満をぶちまける。『ヘレディタリー』もそうだが、アスター監督は常に物語の中で、シーンではなくキャラクターを優先していると公言している。つまり、そういう作り方が顕著に出ているこの2作の短編は、まさにキャラクターを先に考えて、彼らの背景を理解しながら物語を作ることの重要性を語る彼らしい作品とも言えるのだ。

 そして興味深いことに、『C’est La Vie』はラストでホームレスの男がフロイトの恐怖論について語る。それとは、「家が家でなくなった時の不気味」である。これはまさに、『ヘレディタリー』で描かれた恐怖そのものだ。ちなみに、このホームレスは劇中面白いことを独白している。彼の叔父が精神病で、自分も同じ病気を“継承”していること。そして、その叔父が彼の家の中で自分に炎をつけ焼死し、その火に巻き込まれて両親が死んだこと。自分自身はその晩、“ツリーハウス”で眠っていて、それを見ていたというものだ。この短編は『ヘレディタリー』の直前に撮られたもので、もしかしたらこの時からすでに、監督の頭の中はそのイメージとアイデアでいっぱいだったのかもしれない。



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