ハリウッドで広がる“男性像の再編” 2019年のトレンドワード「有害な男らしさ」をめぐる映画界の動き

ハリウッドで広がる“男性像の再編”

「ようこそ2019年、トキシック・マスキュリニティの年へ」- IndieWire

 冬は、アメリカでアカデミー賞を狙う映画が次々リリースされるシーズンだ。今回のアワード・レースは、なんといっても男性……とくに「問題を抱えた白人男性」がトレンドだった。たとえば、IndieWireは「トキシック・マスキュリニティ」という言葉を前面に特集を組んでいる。しかしながら、New York Timesのような表現も可能だろう。「トラブルを抱えた男性、ハリウッドは助けを求めている」。こうした題目にあがるオスカー候補作品は数多い。人気ヴィランの前日譚を描く体の『ジョーカー』、裏社会で暗躍する男たちのドラマ『アイリッシュマン』、そして夫婦が離婚に揺れる『マリッジ・ストーリー』……これら3作、そろって白人男性主人公の問題や煩悶の描写が議論を集めた。これまで数多くの理想的な白人男性像を創出しては刷新してきたハリウッドに、今なにが起こっているのか。

『ジョーカー』(c)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved” “TM & (c)DC Comics”

 2019年アメリカのトレンド・ワードに「トキシック・マスキュリニティ」が入ることは疑いがないだろう。ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン告発より始まった#MeTooムーブメント、そして女性蔑視的な発言も問題となったドナルド・トランプ大統領などを通して「男性性」、とくにマジョリティとされる白人男性のジェンダーにまつわる議論はヒートアップしつづけてきた。2019年秋の『ジョーカー』騒動を覚えているだろうか? 貧困の立場にある主人公が、不公平な社会で酷い目に遭っていき、殺人ヴィランへと目覚める……そんなプロットが簡単に予想できたこの作品は、上映前から大騒動を巻き起こした。平たく言えば、鬱憤と暴力衝動を抱える白人男性層を刺激する効果を危惧されたのである。事実、映画公開の際には、米軍がシアター攻撃を示唆するインターネットの書き込みを理由に警告を流し、複数の劇場が警備を強化した。より現実的に表すならば、銃乱射事件の発生が恐れられたのだ。近年、アメリカで同様の事件が多発していることは知っての通り。映画自体に罪はないとはいえ、『ジョーカー』リリース前に発生した騒動は、アメリカに住む人々の恐怖が刺激された事案だったのではないだろうか。同国の銃乱射事件の加害者には白人男性の割合が多くなっており、その一因として、社会的なジェンダー規範を挙げる専門家も出てきている。こうした深刻な社会問題もあって、2019年は「トキシック・マスキュリニティ」への問題意識が一気に増大していったのだ。

 「有害な男らしさ」と翻訳されることもあるこの言葉だが、どういった意味合いなのだろうか。1980年代後期の男性運動においてこの言葉を提唱した心理学教授シェパード・ブリスは、男性がみずからの感情を覆い隠すことでときに暴力的な激しい爆発に至る旨を「トキシック・マスキュリニティ」とした。これを医学用語として扱っていた教授は、その理由を1990年New Republicに語っている。「すべての病と同様に、トキシック・マスキュリニティにも解毒剤があると信じているからです」。2010年代末になると、「伝統的な男らしさ」の負の面とされる要素が当てはめられがちになった。この場合、感情の抑制、苦痛の隠匿、弱さへの忌避、強固なイメージ維持、パワーを示すための暴力的な行動、アンチ・フェミニティといった問題が並びやすい。いずれにせよ、重要なことは、「トキシック・マスキュリニティ」概念が、それを抱える男性当人を蝕む「毒」だと意識されていることだ。男性の自殺率の高さは、己の問題を「隠さなければいけない弱さ」と感じてしまうスティグマが一因とする専門家の声もある。2018年には、アメリカ心理学会から「伝統的な男らしさのイデオロギーに適合するようソーシャライズされた男性が心身に抱えうる悪影響」に関するガイドラインも発行された。

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