『おむすび』は朝ドラ史に何を残したのか 愚直過ぎるほどに描き続けた“人に優しく”の精神

『おむすび』は朝ドラ史に何を残したのか

 2025年1月17日。阪神・淡路大震災から30年のその日、結(橋本環奈)が向かったのは、復興した神戸の街が眼下に広がる丘の上の公園だった。そこで待つのは、1995年1月17日に神戸の避難所でおむすびを配ってくれた雅美(安藤千代子)だった。3月28日に最終回を迎えたNHK連続テレビ小説『おむすび』は、こんなラストシーンで結ばれた。

 まだ6歳だったあの日に言ってしまった「冷たい。チンして」という言葉を、重い後悔として抱え続けていた結。彼女が持ってきたおむすびを食べながら雅美は「まだあったかいね」と言う。あの日、寸断された道路を縫うように歩いて、たどり着いた避難所。そこで配ったおむすびは、カチカチに冷めきってしまっていた。雅美の「温かいおむすびを食べさせてあげたかった」という無念が、最終回のラストシーンで「これからもみんなが温かいおむすびを食べられますように」という祈りへと昇華された。

 震災を経験して心を閉ざし、夢を持てずにいた主人公・米田結が心の復興を遂げ、ギャル魂を身につけ、自分の好きなことを貫いて、管理栄養士となり人々を支えていくーーというのが本作の一層目。この物語は多層構造になっていて、「失われた30年」と呼ばれた平成から令和を生きた人々の群像劇にもなっている。

 第1話で、帽子を海に落として泣いている少年のために、人助けをせずにいられない「米田家の呪い」が発動して海に飛び込んだとき、結の心の声が「うちは朝ドラヒロインか!」と「メタ・ツッコミ」をしていた。今にして思えばあれは、「朝ドラヒロインらしくないヒロインの物語が始まりますよ」という宣言だったのかもしれない。

 次の『あんぱん』も含めて朝ドラ全112作、主人公は112人以上(複数主人公の作品もあるため)。もちろんひとつとして同じ朝ドラはないし、ひとりとして同じ主人公はいない。どの主人公も「これまでに見たことのない人物造形」を目指してきたはずだ。そんな中でも、米田結は特異だった。

 ヒロインのキャラがそこまでが強くなく、ときに傍観者にも見える、しかし群像劇として屹立していた朝ドラはこれまでに何作もあった。2000年代以降なら、『オードリー』(2000年度後期)、『てるてる家族』(2003年度後期)、『あまちゃん』(2013年度前期)、『ひよっこ』(2017年度後期)などが該当するだろうか。しかしこれらはいずれも「ヒロインの視点」で物語が構成されている。

 美月(岡本綾)が見た京都・太秦の映画人たち(『オードリー』)。冬子(石原さとみ)が見た岩田家と大阪・池田の人々(『てるてる家族』)。アキ(能年玲奈/現・のん)が見た北三陸の人々と東京の芸能界(『あまちゃん』)。みね子(有村架純)が見た高度経済成長期の茨城と東京(『ひよっこ』)、といった具合だ。

 ところが『おむすび』は、ヒロイン・結の視点で構成されていない。主人公の結さえも、「数ある登場人物のうちのひとり」であり、結を含む「平成から令和を生き、今も生きている人たち」を俯瞰で捉えた物語だった。

 結は阪神・淡路大震災を経験してはいるものの、それを除けば特段ドラマチックな背景もなく、特殊なスキルがあるわけでなく、強烈なキャラクターでもない。普通の人だ。

 震災の被災者として見ても、歩や父・聖人(北村有起哉)、母・愛子(麻生久美子)は当事者だが、まだ幼く、当時のことを「ほとんど記憶ないし」と語っていた結は「半当事者」のような立場。震災で親友を失い、その思いを継いでカリスマ・ギャルになった姉・歩(仲里依紗)のほうがよほど“ヒロインらしい”。

 そして目指す仕事も、管理栄養士という「縁の下の力持ち」の職業。こうした結の人物造形が一部からは「地味」「存在感が薄い」「傍観者すぎる」と揶揄されることもあった。

 だが、これが『おむすび』なのだ。過去の偉人ではない、何者でもない結を主人公に据えることで「今までスポットが当たってこなかった人」に光を当てる。だからこそ、この朝ドラは観ている私たちと地続きになって「今を生きる私たち」の物語として届いた。

 この朝ドラはとことん「パターン」と「映え」を避けた。たとえば、主人公が自分の天職を見つける瞬間、原体験であり強烈な動機となるシーンは朝ドラの大きな見せ場といえる。『カーネーション』(2011年度後期)で言えば糸子(尾野真千子)がパッチ屋で初めてミシンを目にして「うわぁ〜!」と言うシーン。『らんまん』(2023年度前期)ならば万太郎(少年時代:森優理斗)が「この花の名前が知りたい!」と天を仰いだ瞬間、周囲の冬草が花を咲かせるシーンだ。

 『おむすび』の結にとっての原体験は、まぎれもなく6歳のときに避難所で雅美からもらった「冷たいおむすび」だ。けれどこの朝ドラは、それを「映える」シーンに活用しないどころか、結の無意識下の深いところに潜らせておいた。それが初めてはっきりと表に出たのが最終回のラストシーンと言っていい。

 結がはじめに栄養士になりたいと思った直接の動機は、「野球選手を目指す彼氏の翔也(佐野勇斗)をサポートしたい」という“ミーハー”なもの。それを専門学校のクラスメイトの沙智(山本舞香)に話したら、鼻で笑われた。

 ここで「主人公の動機語り」をドラマ的に「映え」させようとするなら、それなりの舞台装置を用意するだろう。たとえばクラス全員の前で結に語らせて感動させるとか、猛反対する両親の前で語らせて納得させるとか。そして「6歳のときに避難所でおばさんにもらった、冷たいおむすびが忘れられなくて」と言わせるだろう。しかし、このドラマはそれをしなかった。

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