『本気のしるし』は“男女の関係”をどう描いた? 深田晃司監督が目指したドラマの脱ステレオタイプ

深田晃司監督が語る『本気のしるし』の裏側

「ドラマを見ていると、すごく古い芝居だと思うことが多い」

ーー浮世も辻も、本心がどこにあるのか全然わからなくて、だからこそ引きこまれてしまいます。

深田:そもそも、僕は普通に生きていても、人が何を考えてるかってわからないと思うんです。隣にいる夫婦、家族、友達だって、笑っているから今嬉しいんだろうなと想像することはできても、その心の奥底で何を考えてるかわからないというのが、僕にとっての世界の認識なんです。なのでドラマであっても映画であっても、役者にはそういうふうにカメラの前に立っていてほしいし、それができる人を選んだつもりです。自分としてはそれこそ「自然主義的」に描いていると思っています。

ーーモノローグや劇伴を使わなかったり、また長回しやロングショットを多用したりと、映画的な手法をたくさん取り入れていますよね。

深田:それも特に意識したわけではなく、僕にとってはいつも通りにやっているところです。

ーー深田監督の作品として見ていると何も違和感はないのですが、ドラマというフォーマットで見ていると少し異様さは感じました。通常のドラマだともっとわかりやすく進んでいくことが多いので。

深田:自分はそんなにドラマを見ないのですが、たまに見るとやっぱり結構厳しい、全部がそうではないですが、自分にとっては耐えがたいと感じるものも多いです。それに対し、「ドラマだから別にいいじゃん」というふうには言いたくない。映画よりドラマの方が圧倒的に見ている人が多く影響力が強いからこそ、「人をどう描くか」は重要だと僕は考えます。ドラマの演技を見ていると、すごく古い芝居だと思うことが多いんですね。よく「19世紀以前の演技だ」という言い方をしていて、『本気のしるし』の撮影前にも俳優たちに同じ話を共有しました。いわゆる昔のハリウッド映画などでも、良くも悪くもわかりやすい演技が多いんです。その人が今何を考えてるのか、どういった社会的立場なのかということを、演技で身体化して説明している。でも、現実に生きている人間が、自分はこういう性格だからこう喋ろうとか、こういう感情を持っているからこう振る舞おうとすることはあまりないですよね。20世紀以後に無意識という概念とともに発見された考え方、人間観というのは、「自分の気持ちなんて自分にさえわかりもしない」という、自分自身の気持ちや性格をきちんとコントロールすることなんてできやしない、というものであると僕は思っています。そういった点で、ドラマにおける人間の描き方、捉え方、俳優の演じ方は非常に類型化されてしまっているし、一時代前の人間観につきあわされるような退屈さを感じます。そういったものが主流になってしまうと、映画作家としての自分としてはすごく困るし、自分の作風でも見たいと思ってくれる人を増やさなくてはいけない。だから今回ドラマを作るからといって、その典型にあわせるようなことはできないし、それは自分自身の世界観、人間観に嘘をつくことにもなってしまいます。

「社会の中で生き抜くための擬態のようなもの」

ーー確かに浮世という女性は最初はいわゆる「魔性の女」的な存在で男性を翻弄していくのかと思っていたら、もっと複雑な状況にあって、だんだん男性たちに翻弄されている側の人に見えてきました。

深田:そこがまさに浮世の現代性ですよね。浮世は女性が男社会の中で持たざるを得ない両面を持っていると思います。ある種すごく古典的な女性像で、浮世は男性社会の中で受け身に生きざるを得ない。結婚したら家庭に入るとか、働くにしても長くは難しかったり、女性が社会的に責任のある立場にいるだけで目立ってしまい、どうしても受動的に生きざるを得ない。そう生きることを求められてしまう。と当時に、そういうところから外れて、周りを振り回すと途端に「魔性の女」や「ファム・ファタール」という形で特別視される。どちらも女性をどうカテゴライズするかという男性的な価値観ですよね。浮世は、その両方の側面を1人で体現している面白さがあると思っていて。原作にあるその要素を2019年にドラマ化するにあたって、より慎重にフォーカスしていく必要があると考えました。

ーー浮世は経済的に自立もしていなくて、弱い立場にある人だと感じました。さらにそこを周りの男性たちに消費されていくような構造になっていて。

深田:浮世は周りの男性との関係性の中で、無意識に男性を引き込むような発言を繰り返してその距離感を縮ませたり離したりしながら生きていくんです。彼女のコミュニケーションの取り方は、この社会の中で生き抜くための擬態のようなものなんじゃないかなと。そうやって生きてきた悲しさを浮世からは感じました。

ーー浮世の「私、男の人にいいって言われますから」という一言はそれを象徴していますね。

深田:浮世自身も戦略的にやっているわけではなく、そういうふうに発言したり振る舞うことで男社会の中でなんとか生きていけると無意識的に選んでしまっているんでしょうね。

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