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2018年、日本映画はニューフェーズへ(前編) 立教、大阪芸大の90~00年代、そしてポスト3.11

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 この2018年、日本映画には様々な形で刺激的な動きが起こっている。しかし目立つ現象の方向性は分散しており、大きな傾向は極めて捉え難い状況。そんな中、筆者はどれくらい新しい地図を描けるのだろうか? これはシーン全体の概観に向けての、ささやかな素描の試み。逡巡や拙さを含む論考になるだろうが、温かい目でお付き合いいただければ幸いである。

 まずは乱暴な手つきなのを承知で、近過去の流れをざっくり整理したい。筆者(1971年生まれ)が同時代の映画と、映画批評を同時に意識しはじめた90年代。日本映画における若手作家の先端に立っていたのは、ある特定のスクール出身者たちだった。それは時に「立教ヌーヴェルヴァーグ」などとも呼ばれる一群。立教大学の自主映画制作サークル「パロディアス・ユニティ」に関わりつつ、同大学で映画表現論の講義を行っていた評論家・蓮實重彦の薫陶(強い影響)を受けた映画作家たちである。具体的には黒沢清(1955年生まれ)から青山真治(1964年生まれ)までの世代。万田邦敏(1956年生まれ)、塩田明彦(1961年生まれ)、篠崎誠(1963年生まれ)あたりが代表選手だろう。例えば森達也(1956年生まれ)などは周辺にいたという事実があるにしても、まったく独自の道に進み、作家的傾向や表現者の本質としては明らかに距離があると思う。

 彼らの特徴をひと言でいえば、ハードコアなシネフィル集団。いわゆる実作の現場を超えて、『リュミエール』や『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』といった批評誌とも深くリンクしていく。本家フランスのヌーヴェルヴァーグ(ゴダール、トリュフォー、ロメール、リヴェット、シャブロル……)が『カイエ・デュ・シネマ』を拠点としつつ、批評と創作の回路をつなぐ形で自分たちの新しい映画を提唱していったのと同様の営為だ。それはシネマエリートの運動体とも言え、必然的に教養主義の属性を生む。志を共有する作家や批評家陣は(スクールの枠組みを超えて)党派的に見られることが多く、作品には様々な「映画的記憶」が装填されたメタシネマ的な位相が宿ることになった。

 そんな彼らの突端部分は、まもなく国際的な舞台へと進出していく。例えば黒沢清の『回路』(2001年)や青山真治の『EUREKA ユリイカ』(2000年)がカンヌ映画祭で受賞を果たしたり。同じくカンヌ受賞組では、立教以外から隣接地帯に合流した『M/OTHER』(1999年)の諏訪敦彦(1960年生まれ)も加えたい。その過程で黒沢や諏訪などは、日本の資本だけではない(主にフランスと提携した)映画作りを切り拓いていくための興味深い実践的変化を見せるようになる。ちなみに是枝裕和(1962年生まれ)が『DISTANCE』でカンヌ進出したのは2001年。続いて『誰も知らない』をカンヌに出品し、当時14歳の柳楽優弥が最優秀主演男優賞を獲得したのは2004年だ。

 そのタイミングと交差するように、ずいぶんユルい佇まいでゼロ年代に台頭してきたのが、大阪芸術大学の映像学科で学んでいた若者たちである。彼らが次の“新しい波”となった。

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