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『アズミ・ハルコは行方不明』が切り取る、現代社会の混沌と優しさ 女優・大塚シノブがレビュー

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 連日のように起こる凶悪な事件。怒り、恨み、冗談半分。犯罪の闇はどこから来るものか分からない。例えば地震にかこつけて人を惑わせるような動画をアップしてみたり、以前はおやじ狩りなんてものが横行したりもした。これらを単なるいたずらと呼んでいいものか。いつの時代も想像を超えたような卑劣な犯罪は起こるものだが、善悪云々というよりも、人の気持ちを無視したゲーム感覚のような現代の犯罪。その軽薄さに鳥肌が立つ。

 行方不明のOL、安曇春子の顔をかたどった、街中に拡散されるグラフィティアート。男たちに怒りの矛先を向け、無差別に暴力をふるいまくる女子高生集団。混沌とした社会。自分と関係のある誰かが自分の知らない誰かと繋がっていて、その知らない誰かが何かの弾みで自分と繋がる。誰とどこで繋がり、それが果たしてプラスに向かうのか、マイナスに向かうのかは分からない。

 アラサー、ハタチ、女子高生。少しずつ異なる価値観。アラサーにないものを女子高生は持っていて、女子高生にないものをハタチが持っていて、ハタチにないものをアラサーが持っている。私たちは日々それぞれが関係ないようでいて、互いに無意識に影響し合い、実はその力で世の中を循環させているのかもしれない。

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 『アズミ・ハルコは行方不明』は、国内外で高い評価を受ける1985年生まれの若き才能、松居大悟監督が、山内マリコの同名小説を原作に映画化したもの。ポップで刺激的な映像と感覚。あえて時系列を崩すことで、不規則に流れる時間、人、事件が交錯。それがひずんだような奇妙なリズムを作り出す。アニメーション、プロジェクションマッピングなどを取り入れ、厚苦しさや押しつけがましさを一切感じさせずに、混沌とした現代社会を表現し、“生きていくことがすべて”そんな人間の永遠のテーマに、さらっと導いていくようなスタイルがまた現代的である。

 無茶しても、まだまだ足掻ける怖いものなしの女子高生、少女ギャング団。グラフィティアートを拡散することに夢中になるユキオ(太賀)と学(葉山奨之)、それを追う愛菜(高畑充希)。ハタチの彼らは何者かになりたいともがきながらも、結局は何者にもなれないと悟る。そしてアラサーの安曇春子(蒼井優)は、歳を重ねるという現実に直面し、周囲の目を気にしながら、合理的な処世術を身に着け、ただ無気力に今を生きる。曽我(石崎ひゅーい)との生温い恋愛、とりあえずする仕事、なあなあな人生。ハタチ、アラサーと、年齢を重ねて来た者なら誰もが共感できる瞬間がありそうだ。

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 個人的に面白かったのは、ハルコの職場の先輩、アラフォー吉澤ひろ子(山田真歩)の存在。地味な制服に身を包み、小さな会社で長年コツコツと文句も言わず働く、吉澤さんの逆転劇。その姿はまるで、日陰にひっそりと咲いた小さな素朴な花に、地道に水をやり、育てていくかのようである。彼女はアラフォーにして、現実にあるすべてを受け止め、また人生を歩き出すのだ。その姿に「やったね、吉澤さん!社長よ、ざまあみろー」とすがすがしい気分になる。

      

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