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宮台真司の月刊映画時評 第5回(前編)

宮台真司の『FAKE』評:「社会も愛もそもそも不可能であること」に照準する映画が目立つ

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症状を手放さずに<なりすます>こと

 冒頭に『FAKE』では主体subjectではなく対象objectが焦点化されていると言いました。しかしそのことで主体の問題が逆照射されます。最後にそれに触れると、そこでは症状を手放さずに<なりすます>ことが奨励されています。そこに一連の映画の系列が浮上する。

 『殺されたミンジュ』(キム・ギドク監督/1月公開)の主人公もそうだし、『サウルの息子』(ネメシュ・ラースロー監督/1月公開)の主人公もそうですが、或る種の妄想性障害(パラノイア)と、その起点に位置する心的外傷(トラウマ)体験が、描かれています。

 『ミンジュ』の主人公は、自分たち数名の「組織」──実は単なる野合──が国家権力と戦争を構えていると思い込むという妄想性障害という他ない振る舞いをしますが、起点に、かつて妹が国家権力に惨殺されたという心的外傷体験が控え、全妄想を生産していました。

 『サウル』では、強制収容所で大量虐殺の後始末をする代わりに半年間の延命を得たユダヤ人主人公が、息子がガス送りにされ屍体が放置されたという心的外傷体験(の妄想性障害)を起点に、残りの人生を息子の弔いに充てるという妄想が主人公の全てを支配しました。

 これらの作品が奇妙なのは、かつての映画であれば、復讐を強く動機づける怒りや、弔いを強く動機づける悲しみを、説得的に描くことに腐心したはずなのに、それが一切なく、心的外傷体験(の妄想)を起点としてクソ社会を妄想的に生き抜く姿が、肯定的される点です。

 加えて奇妙なのは、かつての映画なら、クソ社会がクソたる所以を描き込んだのに、それもないことです。『ミンジュ』は妹の惨殺という一点だけを、『サウル』は屍体の山という一点だけを描き、双方とも文脈や背景や国家組織の在り方を少しも描き出さないのです。

 これを、観客が既に持つ背景知識を当てにして、説明的描写を回避し、観客の想像に委ねたのだ、と解釈する向きもあり得ます。僕は全くそう思えません。文脈や背景や国家組織を描けば、社会がクソである原因を言挙げしたことになりますが、それを回避したのです。

 社会は本来輝かしいものであり得るのに、悪として名指し得る原因があって、そのせいでクソになっているというのではない。社会は社会であるだけでそもそもクソなのである。その意味で「クソ社会」なのではなく<クソ社会>なのだ──そんな演出が施されています。

 その結果、異常なことに、心的外傷体験(の妄想)を起点とした妄想性障害に覆われた人生がむしろ福音として肯定されるのです。むろん精神分析家が考えるように社会成員は誰もが妄想性障害──<世界>が<世界体験>へと加工された変性意識状態──を被っています。

 とすれば、そこでは、通常肯定される妄想とは、別の妄想を生きることが推奨されていることになる。推奨されて生きるということは、敢えて選ぶということです。敢えて選んだ、周囲から肯定されない妄想に住み、周囲をやりすごすべく普通人に<なりすます>人生⋯⋯。

 『ミンジュ』『サウル』の主人公らの妄想性障害の症状が見られるのに似て、森監督には<遅れ>──認知障害──の症状が見られます。そのせいで<クソ社会>に同期できない森監督は、そこから疎外された者=佐村河内氏に愛着する。『A』で言えばオウムの荒木浩氏です。

 その上で森監督は、佐村河内氏や荒木浩氏や、『職業欄はエスパー』に登場するエスパーたちの、妄想──中立的に言えばファンタスム(幻想)──に関心を寄せます。そこではやはり、通常肯定される妄想とは、別の妄想を生きることが、間接的ながら推奨されています

 後半では、可能性と障害の説話論から、不可能性と<なりすまし>の説話論へ、という話の続きで、マシュー・ハイネマン監督『カルテル・ランド』を、後者の例としてアンドリュー・ヘイ監督『さざなみ』、ギャスパー・ノエ監督『LOVE【3D】』を一挙に扱います。

■宮台真司
社会学者。首都大学東京教授。近著に『14歳からの社会学』(世界文化社)、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎)など。Twitter

■公開情報
『FAKE』
6月4日(土)より、ユーロスペースにてロードショー、ほか全国順次公開
(c)2016「Fake」製作委員会
公式サイト:https://www.fakemovie.jp

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