「みんなが一律同じようにしか働けないというのももったいない」額賀澪 × 石田夏穂が語り合う、お仕事小説の真髄

短篇集『ノーメイク鑑定士』(中央公論新社)を上梓した石田夏穂と、新作『恋するブタハナ』(双葉社)が話題の額賀澪。1歳違いの同世代であり、吹奏楽部出身という共通点を持つ二人は、初対面ながら「人生の9割以上が仕事」という筋金入りの仕事人間ぶりで即座に意気投合する。効率や共感が重視される令和の世で、あえて「面倒な自意識」や「過剰な労働」を肯定する二人の対話から、現代におけるお仕事小説の真髄と、働くことの知的な愉しみが見えてくる。
吹奏楽部で培われた、“職場”を見つめる眼差し

――おふたりの面識はありましたか?
石田夏穂(以下、石田):今日が「はじめまして」です。額賀さんのことはもちろん、作品も楽しく拝読していましたので、「え、お会いできるんですか!?」と嬉しくて。
額賀澪(以下、額賀):ありがとうございます。私も「あの石田さんと!?」と胸がはずみました。デビュー作の『我が友、スミス』からずっとチェックしていて、とくに『黄金比の縁』がすごく面白くて。私、就活モノ大好きなんですよ。
石田:いいですよね、就活!
額賀:『黄金比の縁』は就活する側ではなくて、採用する側でしたけど、その視点での展開もすごく楽しい。
石田:ありがとうございます。
――おふたりは1歳違いの同世代。触れてこられた作品も重なっているのでは?
額賀:小説だと『ハリー・ポッター』シリーズといっしょに年齢を重ねた世代ですよね。
石田:ど真ん中でしたね。漫画についてはジャンプっ子でした。弟がいたこともあって。
額賀:私も弟がいたので少年漫画派でした。『アイシールド21』が特に好きで、もっと評価されてもよいのではと。スポーツ漫画の頂点だと思っています。
石田:いいですよね。私もすごく好きでした。アメフトのルールをまったく知らなくても面白い。
――話すほどに共通点が多そうですね。
石田:私たち、どちらも吹奏楽部出身なんですよ。私がバスクラリネットで、額賀さんは打楽器の出身。“端っこにいる楽器”仲間っていうところに親近感を持っています。
額賀:全体練習で先生たちが1時間も2時間も熱を入れて指導している横で「まだかな」とか思いながら待ってるグループでしたよね(笑)。
石田:低音楽器もそういうパターンでした。
額賀:でも目立たない割にミスすると1番怒られるっていう。
石田:「あなたは縁の下の力持ち」って100回ぐらい言われましたよね。子どもながらによくやっていたなって思います。
額賀:本当にあの場から学ぶことは多かったですよね。
石田:今思うとまさに社会だし、完全に“職場”でしたね。
「休め」と言われると腹が立つ人もいる
――石田さんの『ノーメイク鑑定士』について、額賀さんはどのように読まれましたか?
額賀:とっても面白かったです。石田さんは「仕事を書く作家」という印象がありました。『我が友、スミス』は筋トレが題材ですが、どこか仕事っぽさがある。今回の『ノーメイク鑑定士』は4編からなる短編集ですが、どれも身に覚えのある仕事の物語でした。表題作は、私も実際に似た経験があって。大学生のころにドラッグストアでアルバイトをしていたとき、社員さんに「化粧品の試供品いる?」と聞かれたので「ほしいです」と答えたら「そもそもメイクしてるの?」って。一応3層くらいには塗ってたんですよ。その顔を目の前にして「してるの?」って。
石田:(笑)。意外とわからないものなんですよね。
額賀:でも、私も職場の後輩が化粧してるのかすっぴんなのかって聞かれると自信を持って答えられないかも。「下地を塗ってるだけです」とか「ファンデーションはしていません」とか言い出すと、もう線引きがわからなくて。
石田:そうですよね。どう答えても失礼になっちゃいそうですし。まさに私も同じような経験があってこのお話を書いたんです。職場の塗装の実技説明のときに問題を出されて、ヒントとして「ほら、あなたが今朝やったことだよ!」と言われたんです。「化粧」って答えてほしかったんでしょうけど、私はそのときノーメイクだったので、「え!?」と驚きました。この人には私がメイクしているように見えるのか。それとも「社会人女性だからメイクしてないのはありえないでしょ」という思い込みなのか。
額賀:「ノーメイク鑑定士」的な経験をされている女性は結構多いと思います。共感といえば、働き方改革に抗う「我らがDNA」というお話も大好きです。私自身、仕事以外で特に楽しいことがない人生を送ってきた、いわゆるワーカホリックなので。
石田:私もです。仕事以外の生活がない(笑)。
額賀:同じタイプの人間ですね。それこそ2年前ぐらいに、担当編集さんから「健康的な趣味を持ってみたらどうですか」とサウナを勧められたので行ってみたんですが、2週間くらいすると“行かなければならない場所”になってしまい……。結局3週間ぐらいでやめました。
石田:ありますよね。むしろ「休んでいいよ」って言われると、ちょっとムカつく自分がいて。「私はもっとできるんだよ!」「働きたいんだよ!」みたいな。
額賀:お仕事小説を書いていると、今の働き方改革の課題が見えてくるじゃないですか。新人に無理をさせてはいけないけれど、結局仕事の総量は変わっていないから、誰かが巻き取らなければならなくて。それがまさに私たち世代にのしかかっているのを感じます。新卒の子を6時に帰らせるために、5時半くらいに「それ預かるよ」って企画書を巻き取って、自分のタイムカードを押した後に手直しして……みたいなことを友人たちがやっているのも耳に入ってきます。なので、こういう小説はたまらないんです。「我らがDNA」の主人公なんて、まさにですよね。
石田:ありがとうございます、本当にそうですよね。
額賀:なので、どっちに転ぶのかなと思いながら読んでいたんです。もしかしたら働き方改革に対応して幸福になるのかと思いきや、全然そんなことはなくて(笑)。「あー、DNAと戦ってる! わかるわーそうだよね」と。自分のなかのDNAをどう書き換えて、生き物は進化していくのか、みたいなことを体感できました。
お仕事小説家の「休日が書けない」問題

――額賀さんの『恋するブタハナ』について、石田さんのご感想は?
石田:面白いのは当然なんですけど、もはや私にとってお仕事小説の教材です。「あ、そっか、こういうふうに書けばいいんだ」という気づきばかりでした。私、原稿を見てもらった編集の方から必ず「休日のことも書いてください」「職場以外の描写も入れてください」って言われるんですよ。それがなかなか書けないのは、私自身が休日も仕事をしているからなんですよね。だから、かろうじて通勤シーンを入れていくんですけど、“どんだけ通勤するんだよ”って感じになっちゃって。なので、額賀さんの作品を拝読して、「こうやって書けばいいんだ」と。
額賀:『恋するブタハナ』については、「お仕事ラブストーリー」と銘打っているのもあって、お仕事以外のシーンも入れていますが、休日が書きづらいというのはすごくわかります。よくやるのが、同僚と飲んで帰る居酒屋の描写なんですけど、結局これも「もう仕事なんじゃないか」って自分でツッコミを入れながら(笑)。
石田:オフィスから居酒屋に場所を移動しても、飲みながら話しているのは仕事のことですもんね。きっと理想は主人公が業務時間外に、その人らしいことをしていることで、そのオフの様子からキャラが伝わるようにしていくべきなんでしょうけれど。
額賀:会社での姿にその人物の人間性が凝縮されてると思うと、オフを書きにくくなるんでしょうね。一般的には「オンとオフは半々」なのでしょうが、私たちのように98対2くらいの人間からすると、どうしても書きにくい(笑)。
――お仕事小説を書かれる上で、それぞれの職場への取材というのは欠かせないものですか?
石田:いえ、私は取材はしません。いろいろお話を聞いちゃうと、悪く書けないじゃないですか。私は皮肉って書きたいので。
額賀:すごくわかります。謝辞に「株式会社◎◎、□□様」なんて書いてしまったら、この小説の悪いところがみんなこの職場の出来事のように読めてしまいますし。『恋するブタハナ』については、漫画編集をしている友人と飲みながら、“業界あるある”をぼやいているのを「なるほどな」とヒントにしていますけど、毎回取材との塩梅は難しいなって思いながら書いています。
――『恋するブタハナ』ではSNSも重要なアイテムとして登場しますが、SNSでの情報収集はされていますか?
額賀:はい。見ず知らずの20~30代会社員の方たちのアカウントとか、結構フォローしています。新卒2年目ぐらいの女の子が永遠と仕事の愚痴を吐き出していたり、推しのアイドルのライブに行くために頑張ってるんだなとか。それがどう役に立つのかはわからないですけど(笑)。
石田:普通に働いている人が、実は一番おもしろいですよね。私の場合は、自分の職場で見て感じたことを書くことが多いです。「フットブレイク」のパイプ椅子で足の裏をゴリゴリとマッサージしているシーンも、実は私のことで(笑)。私、本当にパイプ椅子が大好きで、なんて無駄のないデザインだろうと感動しますし、会議とかにも持っていきたいぐらいなんですけど、職場では「パイプ椅子なんてやめて、こっちのいい椅子に座りなさい」みたいな扱いをされていて。なんでそんなに嫌われてるのかな、みたいなところから着想しました。
額賀:そうだったんですか。あの話も最終的に形勢逆転する展開が痛快でしたね。裸足で歩くシティボーイの“終わった”みたいな感じも(笑)。
職場は、自分を更新できる場所でもある

――働き方改革を筆頭に、お仕事小説は時代の仕事観を映す鏡でもありますね。
額賀:私は今大学にも勤務していますが、学生たちと接していると、みんな労働に対する怯えがすごいんですよね。まるで就職することを、終わらない懲役刑かなにかみたいに感じているようで。私たちの世代も社会人になることへの不安とかありましたけど、そのときよりも労働に対するポジティブなイメージがないように見えるんです。それこそSNSを通じて、社会に出るとえげつない競争に晒されて消耗するだけ、みたいなイメージが刷り込まれているのかなと。
石田:職場だからこその面白みもありますよね。
額賀:でもそう言うと「大人には騙されないぞ」みたいな警戒心がにじみますね(笑)。だからこそ、お仕事小説を通じて何かポジティブな影響を与えられないかな、と思ったり。労働者なりの情熱がそこにはあって、体温高く過ごす日々もありじゃないかって。社会がホワイトになっていくなら、そんなホワイトの世界が生きづらいワーカホリック勢も救われるお話があってもいいじゃないか、と。最近、ついに「ホワイトハラスメント(ホワハラ)」って言葉も出てきましたからね。
石田:ホワイトが過ぎるぞ、と?
額賀:そうです。このままホワイトな環境に身を置いていると何も成長できず、いずれ詰むんじゃないかという危機感を持っている層がいるんですよ。だから、きっと人類は環境がどうなろうと、働くことで命を実感するタイプが生まれてしまうものなんだと思います。
石田:やっぱりいますよね。人間100人集まったら、一定数は仕事を生きがいにする人が。私も、もともとはそんなに働けるタイプじゃないって思っていたのに、実際「激務」と言われる環境に身を投じたら意外とピンピンしていて。「自分って強いんだ」「もしかしたら労働が好きかも」って発見しました。
額賀:職場って、自分を更新できる場所でもありますよね。
石田:そういう意味で、いつもお仕事小説を書くときにイメージしているのが映画『プラダを着た悪魔』なんですよね。一見すると、ファッション業界でキラキラしているけれど、その内情はともするとブラック業界でパワハラもある。でも、なんだか見ていて清々しい。
額賀:トータルでエネルギーを感じますよね。ちょうど今年2作目が20年ぶりに公開されましたし、そういう空気がまた戻ってきているのかもしれませんね。もちろん、体を壊しちゃうのはよくないですけど、みんなが一律同じようにしか働けないというのももったいない話で。安野モヨコさんの漫画『働きマン』も、今ではきっと企画が通らないと思うんですけど、やっぱりあれを読んで元気が出る令和のサラリーマンだっているはずなんで。
石田:私も『働きマン』大好きです。「仕事したなーって思って、死にたい」っていうセリフ、今でも響きますもん。もはやネタみたいな話なんですが、以前月曜日になると不機嫌になる上司がいて。何があったのかを聞いてみたら、「きのう日曜日で仕事ができなかった」って言ったんですよ。笑っちゃいました。
額賀:やっぱり、仕事が賃金を得るための労働だけじゃなくて、生きる理由になっている人って確かにいるんですね(笑)。
石田:もはやスポーツのようにやってる感じ。
額賀:石田さんの作品でも仕事をするなかで、やるせなさとか、ままならなくてどうしようもないみたいなことが、出てくるじゃないですか。でも、結局「働くっていいな」っていう思いにたどり着く。お仕事小説のなかにもいろんなタイプがあると思いますけど、私はそういうエンジン積んでるタイプのキャラクターの“労働万歳”なお話が好きなんですよね。
話は尽きず、また仕事のこと――やっぱり働くって面白い
――額賀さんは、次のお仕事小説の執筆をされているそうですね?
額賀:今はフィルム・コミッションという仕事を取材しているんです。例えば、ドラマのロケ地を探しているテレビ局のスタッフがいたら、「海辺のシーンはここが使えますよ」「この病院を撮影場所として協力できますよ」とアテンドをする部署が全国の自治体や民間団体にあるんです。そんな仕事があるんだ、っていうのも驚きですし、そのなかでしか生まれない物語もありますよね。
――それは、楽しみです。石田さんは今後書いてみたい構想はありますか。
石田:それがないっていう(笑)。もうこの5年ぐらいずっと綱渡りで、「もうこれが最後だ、これが最後だ......」って思いながらやっていますね。純文学はエンタメのように締め切りに追われることがなく、これだっていうものがチラっと降ってくるときまで編集さんに待っていただいているというのもあって。もちろん作家さんごとに状況は違うと思いますが。そういう意味ではエンタメ小説の体育会系な感じが、私はすごく好きで。もう何月に出すって決めていて、ここまでに書いて、直して……って。たくさん食べて、たくさん出して、みたいな感じで素晴らしいです。
額賀:たしかに年間の刊行数はエンタメのほうが多くなりますけど、それも結局マグロと一緒で、「止まったら死ぬ」的なサガなんですよね。でも、それが果たして健全かといわれると、また考える余地はありそうですけど。
石田:私は作文は超健全だと思いますね。エコですし、人に迷惑かけないし、金かからないし、時間かかるし(笑)。私は超無趣味な人間なんで、小説を書く以外にやることがないんですよね。強いて言うなら、ジム通いはしていますけど、それこそ仕事に向き合ってるテンションと変わんないんですよね。
額賀:それでいうと私、最近デスクにけん玉置いてるんですよ。友人の結婚式の余興で、紅白歌合戦みたいに歌の間みんなでけん玉を大皿に連続して乗せるっていうのをやって。それをきっかけに、けん玉を買って練習してたら、これはSNSをダラダラ見るよりもありじゃないかと、今3ヶ月ぐらいやっているんですよ。でも、担当さんに話したら「それは趣味じゃなくて、最も合理的な息抜き」って言われました。
石田:(笑)。でも、いいと思います。私もやってみようかな。そしたら、あやとりなんかもありじゃないですか? 昔遊びつながりで。電気代もかからないし、場所もとらないし。次に会ったとき、お互いにできるようになった技を見せ合ったりして。
額賀:いいですね。そして、あやとり女とけん玉女のロードムービー小説が生まれたりして。
石田:それは面白いですね。って、結局我々はまた仕事の話になっちゃいますね(笑)。
■書誌情報
『ノーメイク鑑定士』
著者:石田夏穂
価格:1,980円
発売日:2026年3月24日
出版社:中央公論新社
『恋するブタハナ』
著者:額賀澪
価格:1,980円
発売日:2026年2月18日
出版社:双葉社

























