伊藤健太郎は二人の女性の間で揺らぐ「王子様」をどう演じた? 『略奪奪婚』で魅せた表裏一体の演技

原作とドラマが表裏一体の構造
結婚と離婚は常に表裏になっているのではないかと思った。山田芽衣による原作漫画『略奪奪婚~デキた女が選ばれる~』を読み、実写化ドラマ『略奪奪婚』(テレビ東京系、毎週火曜深夜放送中)を見ると、それぞれ離婚と結婚というワードが冒頭場面に塗り込まれ、その表裏がいつ返されても何らおかしくはないことを強烈な描写力で突きつけてくる…。
主人公・千春は幼なじみの司を「王子様」だと思ってきた。寄る辺ない幼少期を過ごしていた千春は司から「卒業したらこの町を出て東京で一緒に暮らそう」と言われ、その言葉にすがるように大人になり、彼と結婚した。精神科医である司は悩める相手を献身的に支えるプロフェッショナルだが、逆に相手が過剰なほど献身的に振る舞えば少しうっとうしく思うこともある。千春との間にどうしても子どもが授からないことをきっかけに、司は患者だったえみるとの間に先に子どもをもうけてしまう。えみるもまた司のことを「私だけの王子様」だと思っている。
何としても子どもを授かり、王子との結婚生活を続けたい妊活中の千春。何としても王子を自分のものにしたい妊娠中のえみる。王子様争奪戦が水面下で勃発する中、策をめぐらせたえみるが略奪婚を達成する。そして千春にとっては略奪された後の司も変わらずに王子様であり続ける。という作品導入部に対して離婚(裏)と結婚(表)の視点からそれぞれ話を進めることで、原作とドラマの間にも表裏一体の構造が成立している。
薄暗い中で画面をキリッと引き締める伊藤健太郎
いずれも離婚を突きつけられた主人公が行きつ戻りつ回想する冒頭場面ではあるものの、原作の千春は初めに「離婚してほしいんだ」と言われ、ドラマの彼女は彼から「結婚しよ」と囁かれる。主人公の中で過去と現在がぐるぐる交錯しながら、結婚と離婚のコインを返した張本人である司の存在感が鮮明になっていくのが何とも皮肉な話ではある。ドラマで司役を演じるのは伊藤健太郎だ。
第1話冒頭、王子様を略奪されボロボロになった千春(演じるのは内田理央)は、毎晩のようにホストクラブに通いつめ、ラブホテルで指名ホストと激しく身体を重ねることが寝付け代わりになっていた。ホストが覆い被さるベッド上、夢うつつの千春の傍らに司が現れる。司は千春の薬指に指輪を嵌め、実直な眼差しで「結婚しよう」と囁くように言う。千春が見る幻覚的な場面とはいえ、男女がベトベトするベッドの真横で場外にいるはずの第三者の男性が、正座してプロポーズするというのは一体、何事だろう?
きちんと服を着た第三者を演じる伊藤健太郎の前には当然、濡れ場中の俳優二人がいる。画面にはきちんと3人(内、ベッド上の二人は裸)揃って映っている。冷静になって考えてみると撮影現場の道徳観とは何とも不埒極まりないごっこ遊びのようだが、どんなシチュエーションでも平常心で演技を全うする俳優のプロフェッショナリズムには脱帽する。ベッドが前景にあり、月明かりを表現したクリアな照明が当たる中景で一人だけ輪郭をくっきりさせる伊藤がポコっと浮き上がるように座っていて、顔の右半面に照明が当たる伊藤の表情が画面をキリッと引き締めている。こうして千春が今でも王子様だと思い続けている司の存在感を際立たせているのだ。
伊藤健太郎の演技にも表裏一体の構造がある
この印象的なワンショットを少し遠目から眺めてみる。前景にあるベッドの横軸に対して中景で座る伊藤が縦軸となっているが、伊藤の身体が画面上手側にかなり傾いていることがわかる。これはおそらく、原作では「離婚してほしいんだ」と言い渡してひたすら目元を曇らせている司の、揺らいだ精神状態を加味した表現ではないだろうか?
原作とドラマが表裏一体の構造上、伊藤健太郎は司役の明瞭な存在感と同時に複雑な心の揺らぎも演じなければならない。上述したワンショットには、安定しているようで不安定でもあるという役柄特有のバランス感覚が、ぎりぎりの均衡を保った形で落とし込まれている。そう考えた時、伊藤健太郎という俳優は本作に限らず過去作でも常々、バランス感覚に優れた演技をさらりと披露してくれる人だなと改めて思う。
2022年公開映画『冬薔薇』は巨匠・阪本順治監督が伊藤のために撮り下ろした(映画)復帰作だった。同作の序盤で負傷した主人公・渡口淳(伊藤健太郎)が入院先のトイレで用を足す名場面がある。トイレに入るなり洗面台の電気をつけ、『略奪奪婚』の月明かり同様に細やかな照明設計の下で伊藤の演技にも自ずとスイッチが入る。脚が悪いからどしっと便座に腰掛け、ポトポト排泄音まで聞こえる。生々しい音響処理が復帰作に挑む伊藤の丸腰感を強め、下手をしたらただただ汚ならしい場面にしか映らないぎりぎりのところで踏ん張るような体当たりの名演だった。
さらに同年作『ペンションメッツァ』(WOWOW)第4話では初登場場面が見逃せなかった。森の中にあるペンションの向こう(ドア枠と画面自体がダブルフレームになっている)にふと伊藤演じる青年が自転車に乗ってフレームイン。どこからともなく入り込んできた、フランクな神出鬼没感があった。少しでもタイミングがズレていたら、端正な引きの画面の間が抜けているように見え、伊藤の存在感もぐらぐら揺らいでしまったことだろう。伊藤健太郎の前には常に不安定なシチュエーションが用意され、提示された挑戦を乗り越える演技は常に安定する。彼の演技にも表裏一体の構造があるからこそ、いつもスリリングで見ていて面白い。












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