なぜSuicaのペンギンはこんなに愛されるのか? イラストレーター・坂崎千春による“かわいさの秘密”

Suicaのペンギンが2026年度末に卒業するというニュースが、多くのひとを悲しませている。なぜSuicaペンギンはこれほどまでに愛されるのだろうか?
Suicaが通勤通学で使う日常に密着したアイテムで、毎日あのペンギンの姿を目にするひとも多いから――。という「単純接触効果」があるのは間違いないが、もちろんペンギン自身のかわいさによる部分も大きいはずだ。じつはSuicaのペンギンの生み出したイラストレーターは、千葉県の形をした赤い犬のチーバくん(千葉県のマスコットキャラクター)や、メガネをかけた知性的な印象のカクカク・シカジカ(ダイハツのCMキャラクター)、黒いひょうたんのような姿がかわいらしいクウネルくん(雑誌『Ku:nel』のイメージキャラクター)らの生みの親でもある。その名も坂崎千春という。

坂崎千春は、どのようにして多くのひとから愛されるSuicaペンギンを生み出したのか? 彼女の2冊の著作、『イラストのこと、キャラクターデザインのこと』(ビー・エヌ・エヌ、以下『イラストのこと』)と『いきものとイラスト キャラクターデザインから本づくりまで。』(ビー・エヌ・エヌ、以下『いきものとイラスト』)から、その誕生の経緯とかわいさの秘密を紹介しよう。
始まりは絵本から
Suicaのペンギンは、坂崎の絵本デビュー作をきっかけに生まれたものである。坂崎は東京藝術大学のデザイン科を卒業したのち、ステーショナリーメーカーのデザイナーとして6年間勤め、1998年にフリーのイラストレーター・絵本作家として活動を始めた。そして、絵本作家としての第1作『ペンギンゴコロ』(文溪堂)から始まる「ペンギン3部作」が広告代理店の制作担当者の目にとまり、2001年4月に開始予定だったSuicaの先行モニター募集キャラクターの制作オファーにつながったのだ。
『イラストのこと』で紹介されている〈Suicaのペンギンができるまで〉を見てみると、初期のSuicaペンギンはいまとはすこし違う姿をしている。いまのペンギンが丸っこい顔と丸っこい目と丸っこいくちばしを正面に向けたあの愛くるしい姿なのに対し、初期はもうすこしスラッとした印象で、くちばしも横にキュッととがらせている。

初期のSuicaペンギン
そんな初期ペンギンは、モニター募集用の小冊子で〈遠い南極から/東京にやってきた/ペンギンは困っていました。/海ではスイスイスイ―っと行けたのに、東京はなんだかうまくいかないぞ〉という文言とともに都会の人混みにとまどう様子で描かれる。困ったペンギンがSuicaという便利な新アイテムをゲットすることで、スイスイスイ―っと移動できるようになる、というわけだ。ちなみに、Suicaというネーミングには「スイスイ行けるICカード」という意味ももちろん込められているが、もとは「Super Urban Intelligent CArd」の頭文字からとられたものらしい。知らなかったぞ。
初期はスマートだったSuicaペンギンに転機が訪れたのは2003年。「ビュー・スイカ」カードのキャンペーンで、頭に黄色いVの字をのせたペンギンを登場させた際に、いまの正面の向いた丸っこい顔が生まれた。その後、頭からVの字をふたたび外したあとも正面を向いた顔は使われつづけ、2005年に「顔は正面向き、体は横向き、そして右手(翼)をこちらに上げている」といういまのSuicaにも使われているポーズが完成したそうだ。

「ビュー・スイカ」カードのペンギンと完成したポーズのSuicaペンギン
では、そんな坂崎のキャラクターづくりにはどんなこだわりがあるのだろうか?
洋ナシ型とブルブル線
坂崎は、『いきものとイラスト』で〈いきものを描くとき、資料を見すぎないようにしています〉と語っている。本来の姿にとらわれすぎず、丸っこいかたちを基本とした「単純化」によってかわいらしい動物キャラクターの数々が生まれているのだ。そんな「単純化」には3つのパターンがある。〈洋ナシ型〉〈ピーナツ型〉〈マッシュルーム型〉である。Suicaのペンギンは〈洋ナシ型〉にあたる。

キャラクターの「単純化」の3パターン
また、坂崎はキャラクターをふちどる線にもこだわる。『イラストのこと』での紹介によれば、〈ブルブル線〉〈完全ブルブル線〉〈ベジェ曲線〉の3つの線を坂崎は使い分けているのだ。Suicaのペンギンは〈ブルブル線〉、すなわち〈手描き感をいかした、均一で小刻みなブルブルともギザギザとも見える線〉で描かれている。線によって与えられた〈手描き感〉が、Suicaペンギンのあの親しみやすさと関係しているのかもしれない。
『イラストのこと、キャラクターデザインのこと。』、『いきものとイラスト』の2冊では、このほかにも坂崎のキャクターデザインの秘密と制作プロセスがいくつも紹介されている。しかもそれだけでなく、数多くのかわいいキャラクターが紙面をにぎわせているので、ページをぱらぱらとめくっているだけでとても癒やされる本になっている。
Suicaのペンギンが卒業したあと、どんなデザイナーのどんなキャラクターが登場するのかはわからない。ただ、SuicaやJRからあのペンギンの姿が消えたとしても「坂崎千春のペンギン」はこの世界に居つづける。坂崎作品や著作を追ってその世界をのぞいてみることで、「Suicaペンギンロス」をすこし埋めることができるかもしれない。
■書誌情報
『いきものとイラスト キャラクターデザインから本づくりまで。』
著者:坂崎千春
価格:2,200円(税込)
発売日:2018年4月24日
出版社:ビー・エヌ・エヌ
『イラストのこと、キャラクターデザインのこと。』
著者:坂崎千春
価格:2,178円(税込)
発売日:2011年1月25日
出版社:ビー・エヌ・エヌ





















