『天使なんかじゃない』『ご近所物語』『NANA』……矢沢あいが更新してきた、少女漫画の価値観

矢沢あいの代表作『NANA』の連載25周年記念ムック「矢沢あい『NANA』の世界」の刊行と、アニメ『ご近所物語』の全話配信開始が発表され、あらためてその影響力と魅力が注目を集めている。
矢沢が描く少女漫画は、その独自の世界観とキャラクター描写によって、多くの読者に強烈な印象を残してきた。とりわけこれから紹介する「5大作品」は、読者に恋愛漫画の枠を超えた感情や価値観をもたらし、今なお「不動の名作」として少女漫画史に君臨し続けている。
キャリア初期のヒット作『天使なんかじゃない』
出世作となったのが『天使なんかじゃない』である。1991年から1994年まで「りぼん」で連載された。生徒会活動を軸に、恋愛や友情を繊細に描いた青春群像劇であり、累計発行部数は1000万部を突破。物語は、明るく前向きな主人公・冴島翠と、彼女が出会う仲間たちの成長を中心に展開。思春期の複雑な感情、仲間との衝突、そして恋愛の苦さと喜びを、柔らかい筆致と洗練されたファッションセンスで描いた点が画期的だった。特に登場人物の心理描写のリアリティは、当時の少女漫画の枠を超えた深みをもたらし、青春期の人間ドラマを描く手法の原型を作ったと言える。
「夢」と「現実」の交錯した『ご近所物語』
続く『ご近所物語』は1995年から1997年に「りぼん」で連載。矢澤芸術学院(通称ヤザガク)服飾デザイン科に通う高校生・幸田実果子を主人公に、夢を追う若者たちの友情と恋愛、創作の情熱が描かれた。実果子は自らのブランドを立ち上げるという夢を抱き、仲間と共に日々ものづくりに打ち込む。一方で、幼なじみの山口ツトムとの関係は、恋愛と友情のはざまで揺れ動く。ファッションという表現を通じて、自分らしく生きることの意味を問う作品であり、矢沢の作風における「夢」と「現実」の交錯がより明確化。登場人物の服装やセリフは当時の若者文化に強い影響を与え、後の『パラダイス・キス』へとつながる“クリエイターたちの青春群像”というテーマの原点となった。連載前からテレビアニメ化が決定していたという逸話も残されている。
『下弦の月』で見せた幻想的な物語
矢沢の「一番書きたかった作品」と言われているのが1998年から1999年にかけて「りぼん」で連載された『下弦の月』だった。死と再生、運命と恋をテーマにした幻想的で文学的な物語で恋愛の甘さよりも人生の儚さや絆の強さを前面に出した構成で、矢沢作品の多様性を象徴する一作となった。連載開始前に物語の結末まで構想を練り上げており、編集部の了承を得て完全に計算された展開で描かれた点が特徴でもある。
読者層の拡大に繋がった『Paradise Kiss』での進化
一方、矢沢の転換点と言われているのが1999年~2003年の『Paradise Kiss』だ。それまでの矢沢作品は小中学生向けだったが、掲載誌を「Zipper」に移したことで、読者層がヤングアダルトに拡大。恋愛や夢の描き方もより大人向けにシフトしたのである。主人公にはファッションデザイナーを目指すという明確な職業・夢の設定があり、キャラクターの個性や自己表現を物語全体に強く反映させた。これは以降の『NANA』にも直結する表現手法で、学園恋愛を軸にした物語から一歩踏み出したことで、矢沢作品を大きく進化させた。
『NANA』伝説
そして最大のヒット作となった『NANA』は2000年から「Cookie」で連載が始まり、連載25周年を迎えた今なお高い人気を誇る。ロックバンドとアパレル業界を舞台に、大崎ナナ、小松奈々の友情と恋愛、夢への葛藤を描いた本作は、単行本累計5000万部を突破し、映画化もされ社会現象に。登場人物の川村幸子の「わざとだよ」は、あざとい系女子の象徴としてあまりにも有名なセリフとなった。
ちなみに『NANA』が掲載された「Cookie」は、矢沢を再び集英社で連載させるために用意された舞台だったが、「増刊号の反響次第」という条件が設けられていたという。すると、矢沢は小松奈々編で100ページ、次号で大崎ナナ編70ページをアシスタントをつけずに1人で描き上げた。しかも当時はまだは『Paradise Kiss』を連載中。このパワーには驚かされるばかりだが、あまりの反響により、わずか1カ月あまりで創刊が決定したことは漫画界の伝説的エピソードとなっている。
それぞれの時代において読者の心を捉え、少女漫画の価値観を更新してきた矢沢。画業40周年を迎えたが、休載中となっている『NANA』の筆をとる日は来るのだろうか。






















