人気イラストレーター・岸田メルがコンカフェのプロデュースを始めた理由「“岸田メル好み”であることが一番の強み」

岸田メル、なぜコンカフェをプロデュース

 岸田メル氏といえば、ライトノベル、ゲーム、アニメなどの様々なコンテンツでイラストやキャラクターデザインを手掛け、透明感のある作風が人気のイラストレーターである。一方で、NHK・Eテレの番組『コノマチ☆リサーチ』に出演するタレントとしても活躍し、ラジオパーソナリティやイベントMC、歌唱に至るまで、マルチな才能を発揮しているクリエイターとしても知られる。

 そんな岸田氏だが、2023年から、なんと秋葉原でコンカフェのプロデュースを開始した。制服やインテリアのデザインも岸田氏が手掛けるなど、こだわりが随所にみられるコンカフェは、瞬く間に話題になった。さらに、自身も“制服を着て”店頭に立ち、ファンとの交流を重ねる唯一無二のユニークな取り組みも好評を博している。

 稀に見るユニークな経歴をもつ岸田氏に、コンカフェのプロデュースを始めたきっかけから、イラストレーターとしての歩み、そして影響を受けたイラストレーターまで、濃密に話を聞いた。

※メイン画像:「neusick」のキャストのみなさん。左から、岸田氏、しゅかさん、いのさん)、ねるさん。いのさんは「メル先生はヤバイ!」「制服がかわいいから嬉しい」と笑顔で話す。

イラストレーター界を代表するマルチクリエイターの岸田メル氏。
「neusick」の制服のイラスト。岸田メル氏のデザイン。

秋葉原にはない独自のコンカフェを

――まず、岸田メル先生がコンカフェのプロデュースを始めたきっかけからお聞かせください。

岸田:一店舗目の「IDOLY」が2023年5月から、2店舗目の「neusick」は今年の1月にオープンしました。現在はオーナーと僕の2人で運営しています。オーナーは10年以上前からの友人で、他にも秋葉原などでコンカフェを運営している方なのですが、以前からコンカフェを一緒にやろうと誘われていました。

 正直なところ、コンカフェのプロデュースが自分に向いているとも思えなかったので、いいタイミングがあれば…なんてはぐらかしていましたが、2022年の末頃に色々な縁が重なり、もしかしたら面白いことができるのでは? という確信が生まれ、そこからはとんとん拍子に進みました。

 すぐさま制服や内装のデザインに取り掛かり、自分たちなりのサービスやメニューなどを考案し、結果的には動き出してから5ヵ月でオープンさせることができました。

――内装や制服のデザインには、特にこだわっているわけですね。

岸田:「IDOLY」はいわゆるコンカフェのかわいらしさよりも、韓国風のカフェのような、トレンド感のある店を目指しました。カラフルで可愛い制服を採用しているお店は秋葉原にたくさんありますから、敢えてそこは、落ち着いた雰囲気や清潔感を意識しましたね。

 2店目にあたる「neusick」は「IDOLY」と差別化を図ろうと、制服も内装もモノトーンで統一しました。こちらもいわゆる韓国風を意識していて、素材やインテリアの隅々まで僕がデザインと選定をしています。制服はグレーを基調としていますが、そういったなかにも女の子らしいかわいらしさを入れてデザインしています。

 どちらの制服も生地やパターン、ファスナーやバックルの種類に至るまで徹底的にこだわって製作しました。

他にはない自分好みのコンカフェを

――岸田先生は、もともとコンカフェはお好きなのでしょうか。

岸田:コンカフェが目的というよりは、飲み歩きの流れで友人と行く事が多かったですね。僕はお酒を飲むのが本当に好きなんですが、酒の場の雰囲気というよりも、お酒の味が好きなんですよ。一般的なコンカフェだとごくベーシックなお酒しか置いていなかったりするので、そこがいつも不満ではあって。なので、自分がこだわるならまずそこだなと。

 うちのお店はコンカフェではおそらく一番といってよいくらいお酒の種類があります。ちょっと変わったお酒が置いてあるとかのレベルではなく、カジュアルなバーには置いていない様なウイスキーもありますし、クラフトジンもかなりの種類を扱っています。バーボンには特に力を入れていて、日本で扱っていないものやオールドボトルも気軽に楽しんでいただけます。

 クラフトビールも、僕が美味しいと思っている醸造所の新作を常に仕入れています。僕自身がおすすめできるお酒に絞りながら、かなりのバリエーションがあるのが最大の特徴だと思いますね。実はお酒以外のコーヒーや紅茶にも力を入れていて、どちらも常に数種類の味が楽しめたり、本格的なカフェラテも提供しています。なので、お酒を飲まない人にも楽しんでもらえるように、という部分にもこだわりがあります。

――秋葉原に他にあるコンカフェとは一線を画していますよね。かなり、冒険だったのではないでしょうか。

岸田:リアルな話、秋葉原は既にコンカフェがたくさんあって、一種の飽和状態なんですよね。ちょっと前であれば、他の店と同じやり方をしても良かったのかもしれませんが、今それをするのはかえってリスクだなと。僕も決してコンカフェの専門家ではありませんから、既視感があることをやっても業界の方々に敵わないと思いましたし、違ったことをした方がブレイクスルーに繋がると考えました。

 秋葉原にうちのようなコンカフェが今までなかったのは、単純に需要がなかったのかもしれません(笑)。しかし、自分のような人間には需要がある。秋葉原は常に様変わりしていますし、東京は本当にいろんな人がいます。プロデュースする以上は、まずは“岸田メル好み”であることが一番の強みになると考えました。

――女の子の選抜の際も、岸田先生がこだわっているポイントがありそうです。

岸田:お客さんからよく、「個性的な子が多いですね」と言われます。制服が似合うかどうかは大事ですが、実は面接のときに内面の個性とか、特殊な性格までは見ていません。実は、このインタビューの前にも面接をやったのですが、ちゃんとチームプレイができるかとか、あとはモチベーションを重視して採用しています。

 ただ、僕が募集をかけている時点で、変わった人が集まっている面はあるかもしれませんね(笑)。とはいえ、僕自身が従業員のことをわかっていないといけませんから、基本を重視して面接することは変わりません。ビジネスという観点でお店をしっかり回していくためには、僕とスタッフの間に信頼関係がないと大変ですからね。

IDOLYとneusickでは、様々な種類のレアなお酒が楽しめる。

イラストを描き始めたのはPCの普及が大きい

――私は岸田先生がライトノベルのイラストレーターとして登場したとき、それまでにない非常にさわやかな絵柄と感じ、驚きました。年々、その画風は進化しています。絵柄はどんな作家さんから影響を受けましたか。

岸田:『ロマンシング サ・ガ2』のパッケージやイメージイラストを手掛けた小林智美先生が、意識した最初のイラストレーターです。色合いの鮮やかさ、男性キャラのかっこよさに惹かれましたね。ほかにも、いのまたむつみ先生、CLAMP先生などに強い影響を受けました。

 小林先生もクラシックな画風でありながら、同人作家としての側面もある先生なので、オタクに刺さる要素がありましたし、いのまた先生やCLAMP先生を介して、少女漫画タッチの影響を受けています。そのあとに影響を受けたのは、CAPCOMのデザインチームの西村キヌ先生。『ブレス オブ ファイア』の吉川達哉先生、あきまん先生の絵も好きでしたね。

――岸田先生は美少女ゲームの原画家を経ていないのも、当時としては結構新鮮だったと思います。

岸田:世代的には珍しいかもですね。美少女ゲームも多少はプレイしていたんですが、そういった絵を描こうと思ったことは無くて、先ほどの憧れの先生方の絵や、RPGに憧れを抱いていた感じです。こういう絵を描く様になったキッカケとしては、やはりデジタルツールの普及が大きいのかな思います。

 僕は、ネット上のお絵描き掲示板の出身で。『けいおん!』のキャラクターデザインの堀口悠紀子先生とか、『機動戦士ガンダムジークアクス』の竹先生も、お絵描き掲示板のころから有名でした。2003~2005年頃かなあ、ネット上の絵描き同士の交流が盛んで。『Fate/EXTRA』のワダアルコ先生や、redjuice先生もあの頃から有名でしたね。

 色が無限に使えるデジタルの良さと、お絵描き掲示板の手軽さが、カラーイラストを描く、というハードルを大きく下げてくれたんですよ。お絵描き掲示板では毎日のように描いていました。コミュニケーションがあるのもよかったですね。なかには荒れている掲示板もあったのかもしれませんが、僕が参加していた掲示板はみんな紳士的(笑)。みんなが「お目汚しすみません…」なんて謙遜のコメントしながら投稿していました。

――岸田先生がイラストレーターとしてデビューしたきっかけはなんだったのですか。

岸田:ホームページに自分の絵を載せていたら、イラスト雑誌「季刊エス」から、一枚描いてほしいと声をかけられたのが最初です。そこからライトノベルやゲームの仕事などをいただくことになりました。ラノベは編集の方が青田買いみたいな感じで、気になる若手に声をかけていたようですね。

 ライトノベルがイラストレーターとしての仕事の花形のように感じていたので、嬉しかったですね。自分の絵柄をライトノベル的に合わせるのは大変でしたが、本ができあがったときの喜びは大きかった。初めてイラストを手掛けた『パラケルススの娘』は10巻で完結しましたが、本当にいい経験になりました。『神様のメモ帳』もかなり長期にわたって挿絵を描かせていただけたので、思い入れが強いです。

――それにしても、アナログ色紙をたくさん描かれている(?)岸田先生が、デジタルから入ったとは意外です。

岸田:イラストレーターの仕事をするなかで色紙を描く機会が増えたので、どうしても慣れはしますよね。ちなみに、僕は色紙って人前じゃないと描きたくないんです。みなさん、色紙をあり得ないくらい丁寧に描いているじゃないですか。そんなことは僕にはできないですよ。人前なら時間の制約があるので、描けるんです(笑)。

オリジナルシャンパンを手にするネモさん。
岸田氏描きおろしのラベルが魅力的なオリジナルシャンパンは、部屋に飾っても映える。
岸田氏が自身がデザインしたキャラクターの色紙を描いてくれる、ファン垂涎のサービスも不定期で開催。

コンカフェへの特別なこだわり

――再び、コンカフェの話に戻りますが、岸田先生といえばファンタジーのコスチュームでも制服でも、服の描写がとてもリアルなことで知られています。コンカフェの衣装も、岸田先生らしさが発揮されていると思いました。

岸田:僕自身、洋服が好きですし、根がオタクなので生地や服の構造を調べるのが好きなんですよ。ラノベやゲームのキャラクターの服も、着られないデザインにするよりは、実際に存在してもおかしくないようなものをデザインするのが好きです。

 ファンの方からすると、僕のイラストはファンタジー作品が多かったせいで、フリルやレースのイメージが強いかも知れないんですが、コンカフェではまったく路線が異なるシンプルな構造のなかに良さがある制服を作りたいなと思いました。どちらかと言うと、その方が僕の本当の趣味なんですよね。生地から選び、人気レディースブランドの服を作るアパレルの工場を友人に紹介してもらい、パターンを起こしてもらって作っています。

――物凄いこだわりですね。

岸田:コンカフェで一番大事なのは、制服と言っても過言ではないですからね!! 「IDOLY」と「neusick」、どちらも今のレディースファッションのトレンドを取り入れています。ちなみに、制服や内装含め、「どんなコンセプトなんですか?」と聞かれるころもあるんですが、当店のコンセプトは“IDOLY”であり“neusick”だと思っています。いろいろ参考にしているトレンドはありますが、〇〇風、ではなくて、お店そのものがオリジナルである、というような意気込みでお店づくりをしています。

――システム上の特徴などはありますか。

岸田:システムで言えば、キャストドリンクがありませんし、サービス料などもいただいておらず、消費税のみの明朗会計です。でも、必ず一枚はキャストとのチェキや写真を注文して下さい、というような、他のコンカフェに比べるとちょっと変なルールがあります。

 一般的なコンカフェはお客さんがたくさんのキャストドリンクを入れてくれることで成り立っていて、それもエンタメとして素晴らしいモデルだと思いますが、自分はもっと違った価値を提供したいなと。お客さんや女の子たちが気負う事なく、お店全体の雰囲気に魅力を感じてもらえる空間にしたい。そんな意味で、取りあえずは恥ずかしがらずに一緒に写真を撮って欲しい、といったシステムにしています。

 ただ写真を撮るだけでしょ?と思うかも知れませんが、未体験の方にこそ是非試してみて欲しいんですよね。できれば、お絵描きチェキを頼んでみてください。IDOLYがオープンしてから、それがガッチリハマったお客様が本当に沢山いらっしゃって、常連の方だと分厚いチェキフォルダーにびっしり当店のキャストとのチェキをコレクションしていただいています。ちなみに、一緒に写るのが苦手な方はキャストのソロチェキ、ソロ写真でももちろん大丈夫です!

――お店を今後、増やしたりする計画はございますか。

岸田:ゼロとは言い切れませんが、しばらくはないですね。もうちょっと時間をかけてお店を育てていきたい。今後、世の中もどうなるかはわからないので、まずは二店舗をたくさんの人に知ってもらい、もっともっと盛り上げていきたいです。

自分の描く絵に価値を持たせる

――生成AIなどの登場で、今後はイラストレーターも絵が描けるだけでは大変と言われています。

岸田:一時期に比べて大変になったといわれますが、僕が始めた時代よりも市場や拡散の場は間違いなく大きくなっていますし、僕くらいの世代の感覚で言えば、それほど大変になっているとも言えないのかなと。かつてよりやれることは凄く多いし、選択肢も増えたなと思います。あくまで作家として、仕事としての話ではありますが。

 こういったイラストを描くことそのものの価値のようなものは、昔からそうであったようにこれからも変化していくと思いますし、生成AIのせいで加速度的になっていく気もします。作家性を伴わないイラストで対価を得ていくのは難しくなっていくのかもしれませんが、その分作家性への付加価値が大きくなることも十分あり得ます。

 イラストレーターはもともと不安定な職種ですし、自分を世間にアピールして、仕事を作っていくスタイルは今も昔も変わらないでしょう。競争相手が増えたり、生成AIも出てきているからこそ、自分の描く絵にどのような価値を持たせるか、考えていくことがプロとして大事だと思っています。

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