『鋼の錬金術師』荒川弘の『百姓貴族』『銀の匙』だけじゃない! 菌・畜産・異世界……実は奥深い「農業漫画」の世界

テレビアニメ『百姓貴族』(新書館)の3rd SeasonがTOKYO MXほかにて10月3日より放送開始される。本作は『鋼の錬金術師』(スクウェア・エニックス)の作者・荒川弘氏が、漫画家になる前の7年間、北海道で従事した農業経験を元に描いたエッセイ漫画で、シリーズ累計450万部を突破する人気作だ。第1期放送は2023年7月から、第2期は2024年10月から放送されており、3rd Seasonではさらにパワーアップした農業の世界が展開されそうだ。
本作は、農家で育った荒川氏自身の体験がもとになっており、「年中無休で働く農家はタフで格好いい」というメッセージが込められている。酪農や野菜作りに加えて、時にはクマやリスと格闘する日々がユーモアを交えながら描かれる一方で、農業の過酷さを“リアル”に学べる「入門書」としても活用できそうだ。
1990年代以降、田舎暮らしや有機農業、自給自足、半農半Xなどのブームが都市部にも広がり、農業に関心を持つ人々は増えている。都市での生活に息苦しさを感じた若者たちが、手触り感のある仕事や自然との共生を求める傾向も強まり、それが漫画の世界にも反映されてきた。農業を実際に体験しなくても、漫画を通してイメージを膨らませることで、自然や命と向き合う経験を追体験できるのが魅力である。
そんな農業漫画の代表作としてまず挙げられるのが、荒川のもう一つの人気作『銀の匙 Silver Spoon』(小学館)である。都会育ちの八軒勇吾が北海道の農業高校で搾乳やニワトリの解体、学園祭で自分が育てた豚を販売する体験など通して、命の大切さや食のありがたみを学ぶ青春群像劇である。畜産や農作業のリアルな描写は、読者に農業の苦労と面白さを伝え、単なる学園もの以上の深みを与えている。
また、一口に「農業漫画」といってもその切り口は多種多様。たとえば、菌や発酵をテーマにした『もやしもん』(石川雅之/講談社)は、主人公が菌やウイルスを視認し、会話できるという特殊能力を持つ農大生。個性的なゼミの面々と一緒に、菌やウイルスにまつわる騒動に巻き込まれるというストーリーで、納豆や日本酒、ワインなど身近な発酵食品の知識を漫画として学べるのが特徴だ。
農業×異世界という組み合わせを題材にしたのは『異世界のんびり農家』(原作:内藤騎之介・作画:剣康之・キャラクター原案:やすも/KADOKAWA)と『異世界で土地を買って農場を作ろう』(原作:岡沢六十四・作画:細雪純・キャラクター原案:村上ゆい/幻冬舎)だ。前者は病死した主人公が異世界に転生し、神様に授けられた“万能農具”を駆使して第二の人生をゆったりと楽しむ王道ファンタジー。後者はいきなり異世界に召喚された会社員が、チート能力を使って広大な土地で悠々自適な農業経営をしながら、理想郷を築いていく。これらの作品は現実の農業知識よりも、異世界での農業生活の楽しさや工夫を中心に描かれ、若い読者層にも受け入れられている
『田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている』(原作:錬金王・漫画:音羽さおり・キャラクター原案:柴乃櫂人/講談社)や『ゆるふわ農家の文字化けスキル~異世界でカタログ通販やってます~』(原作:白石新【GAノベル/SBクリエイティブ刊】・作画:綾月ツナ・キャラクター原案:ももいろね/スクウェア・エニックス)も、異世界要素と農業を融合させたユニークな例で、農業漫画の多様性を示していると言えそうだ。
さらに、現実の農業・食材・市場に密着した作品も根強い人気がある。『リトル・フォレスト』(五十嵐大介/講談社)は自給自足の生活を通して季節の移ろいや食材のありがたさを描き、『八百森のエリー』(仔鹿リナ/講談社)では青果仲卸会社を舞台に、野菜の流通に奔走する若者たちの奮闘の物語。『玄米せんせいの弁当箱』(魚戸おさむ・脚本:北原雅紀/小学館)は農学部の講師と管理栄養士が伝統食や食文化を伝えるヒューマンドラマで、教育的側面が強い。
その他にも『のうぎょうカレッジ』(風町ふく/芳文社)や『のうりん』(原作:白鳥士郎【GAノベル/SBクリエイティブ刊】・漫画:亜桜まる・構成協力:松浦はこ・キャラクター原案:切符)のように農業をテーマにした学園ラブコメもあり、ジャンルを超えて農業を身近に感じさせる工夫がなされている。
最近では、嵐の松本潤が農業に挑戦する意欲を示したニュースが報じられた。ローラや松山ケンイチ、山田孝之に村上信五なども農業ライフを発信しており、人気芸能人が農業に関心を持つことは、若年層や都市部の人々の関心を喚起する契機となるだろう。
特に今年は米の価格が上がり、「備蓄米」というワードが世間を賑わせたのも記憶に新しい。農業に注目が集まるなか、『百姓貴族』は農家のリアルを伝える作品として、多くの読者に新たな発見を与えてくれるに違いない。
























