『鋼の錬金術師』荒川弘は農業従事者だった アニメ『百姓貴族』につながる意外な生い立ち
荒川弘原作によるアニメ『百姓貴族』が7月7日、放送を開始する。荒川氏といえば、ダークファンタジーの金字塔『鋼の錬金術師』(ハガレン)で知られるが、本作はまったく毛色が違うエッセイ漫画だ。
漫画に詳しくない方は、タイトルと『ハガレン』の作者という情報から、例えば“農民が成り上がる異世界ファンタジー作品”を想像するかもしれない。しかし上記の通り、本作は荒川氏の実体験に基づき、あふれる“農業愛”と、職業としてのドライな感覚がうまくギャグとして昇華されたエッセイ漫画だ。
漫画好きには知られた話だが、荒川氏は北海道の農家で生まれ、農業高校を卒業して実に7年間、農業に従事していた経験を持つ。
実家では畑作とともに酪農も行っており、自画像アイコンは「牛」だ。『ハガレン』というダークな面のある作品と「弘(ひろむ)」という作家名から、当初は男性だと勘違いされることが多かった荒川氏。『百姓貴族』で描かれたエピソードによると、アイコンの牛は白と黒の斑模様が特徴的な「ホルスタイン」で、酪農家からすればほとんど「乳牛(雌牛)」という認識であるため、女性だと思われなかったことが「カルチャーショック」だったそうだ。こうした知られざる“農家あるある”がいちいち面白い。
『ハガレン』とのギャップはまだある。同作は悲壮感や人間関係の機微が際立つエピソードも多いため、幼少期から周囲にも繊細な人が多かったのでは……という見方もできてしまうが、『百姓貴族』で描かれる荒川氏の両親(親父殿・おかん)は、なかなかに豪快な人物だ。牧歌的なギャグエッセイに似つかわしくない“死と隣り合わせ”という言葉がしっくりきてしまうような親父殿と、妊娠中、陣痛がくるまでトラクターを転がしていたおかん。「破天荒すぎる父と、肝の据わった母から生まれた天才漫画家」の飾らない姿が伝わってくるのも、本作の面白さだといえる。
荒川氏の農家としての知識・経験と、漫画家としての高いスキルはのちに、農業高校を舞台にした少年漫画『銀の匙 Silver Spoon』という形で結実しているが、その原点にあったのが、連載が重なった時期もある『百姓貴族』といえる。
高齢化による担い手不足など、一次産業が直面する問題が叫ばれて久しく、また食料自給率の観点からも農業の重要性が語られてきたなかで、大ヒット作家が漫画として、農業の厳しい実情と面白さを伝えるーーというのは、社会的にも大きな意味があるように思える。農家の日常を垣間見たい人も、人気作家のバックボーンを知りたい人も、アニメ『百姓貴族』をチェックしてみては。