赤塚不二夫、ミッキー・カーチス、浅丘ルリ子……それぞれの戦争体験とは? 「外地からの帰国者たち」の生活

赤塚不二夫らの戦争体験

ミッキー・カーチス:日本占領下の国際都市で育ったコスモポリタン

ミッキー・カーチス(本名・マイケル・ブライアン・カーチス)/歌手・音楽プロデューサー・落語家
・1938年7月23日〜
・1945年の年齢(満年齢):7歳
・1945年当時いた場所:中華民国 上海市

ミッキー・カーチス『おれと戦争と音楽と』(亜紀書房)

「顔が非国民だと言われても、困ってしまう」——ミッキー・カーチスは、自伝の『おれと戦争と音楽と』(亜紀書房)で、戦時下を振り返ってこう述べる。

 日本のロック黎明期の立役者にして、矢沢永吉が属した「キャロル」のプロデューサー、岡本喜八監督の『独立愚連隊』、岩井俊二監督の『スワロウテイル』ほかの映画出演でも知られるミッキーは、「国籍上は日本人」ながら、見た目はそう思われなかった。父のバーナード三浦は通訳ガイドを務める日本人の父と留学先で出会ったイギリス女性の間に生まれ、母の百合子(リリー)はイギリスの商人と日本の華族令嬢の間に生まれた。ゆえに、両親も当人も、半分日本人で半分イギリス人だ。

 生地は東京市赤坂区(現在の港区)だが、生後すぐに兵庫県神戸市の父方の祖父の家に預けられ、4歳のとき父母、姉とともに中華民国の上海市に移る。大東亜戦争(太平洋戦争)の開戦直後で、敵国の血を引いているため日本に居づらかったことが理由のようだが、ミッキーは父が上海でのスパイ活動を命じられていたとの推測を記している。上海には19世紀から西洋諸国による外国人居留地の租界が築かれ、1941年12月には日本軍の占領統治下に置かれるが、引き続き多くの欧米人が居住し、在留邦人の間では比較的に日本国内より自由な雰囲気があった。深作欣二監督の映画『上海バンスキング』(1984年)には、その一端をうかがい見ることができる。

 戦時下の1944年、在留邦人の子供らが通う国民学校に入学するが、冒頭に触れたように「顔が非国民」という理不尽な理由でいじめられる。当時の子供の間では、敵国の指導者をネタにして「チャーチルチルチル首が散る」「ルーズベルトのベルトがユルむ」といった戯れ歌が流行していたが、自伝では「もうちょっとシャレた言い方はないのか」とツッコミを入れている。後年、立川談志に入門して落語家のミッキー亭カーチスを名乗っただけあって、ギャグセンスにはきびしい。

 学校では孤立したが、母の百合子の気質のおかげで、家庭内の雰囲気は明るかった。百合子は開明的な女性で、イギリスに留学後、映画雑誌『スタア』の編集に関わった経験を持つ。普段から日本の敗北を予見し、特攻隊に志願した若者を説得して志願をやめさせたこともあるという。上海も連合軍の空襲を受けたが、あるとき、家内で飼っていたアヒルやウサギや猫が百合子のベッドの上に集まり、「私はノアの方舟じゃないのよ」と怒った直後に警戒警報が鳴りだした。不思議な話だが、同様の事態が何度かあり、動物たちは空襲を事前に予知して百合子に助けを求めていたようだ。

 やがて、1945年8月の終戦を迎える。上海の埠頭に掲げられていた多数の日の丸は降ろされて、連合軍の旗に代わった。直後に家内の金属製品がドアノブに至るまですべてなくなり、雇っていた中国人の使用人が一斉に姿を消した。どうやら金目の物を持ち逃げしたしたらしい——だが、暴力的な略奪は受けなかったともいえる。

 日本への帰国は家長の男性がいる世帯が優先されたが、このとき父のバーナードは母とは別の女性とくっついて姿を消していた。そこで母の友人のチャーリーというイギリス系の男性の助けを借り、偽装家族となって、どうにか帰国船に乗る。

 日本に上陸後、幼いミッキーは日本人が農作業している姿を見て驚く。上海は大都市で、しかも肉体労働に従事していたのは現地住民の中国人だけだったからだ。帰国当初は住む場所に困ったが、東京都内で世田谷区千歳烏山に住む歌舞伎役者の屋敷に無料で間借りさせてもらう。当時、大きな邸宅は次々と占領軍に接収されたが、外見上だけでも西洋人が住んでいる家なら接収を逃れられるといわれていたのが理由だ。

 その後、和光学園で中学生時代にギターを覚え、米軍基地での慰問演奏などを経て、ロカビリー歌手としてデビュー。1960年代にはバンドのミッキーカーチス&サムライとして、香港、タイ、イギリスやフランスでも人気を博した。自伝の末尾でミッキーは「ロカビリー自体が大きな戦争を超えたことで生まれた解放の音楽」だと記す。戦時中は外見だけで非国民扱いされた少年は、戦後、音楽によって救われたのだ。

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