やなせたかし、笠原和夫、川内康範……それぞれの戦争体験とは? 「戦わなかった兵士たち」の葛藤

やなせたかし、笠原和夫、川内康範……それぞれの戦争体験

川内康範:仮病で軍を除隊した罪悪感/『愛の戦士レインボーマン』の痛烈な日本批判

川内康範/作詞家・脚本家
・1920年2月26日〜2008年4月6日
・1945年の年齢(満年齢):25歳
・1945年当時いた場所:日本国内 東京都下

竹熊健太郎『箆棒な人々 戦後サブカルチャー偉人伝』(河出書房新社)

「おふくろさん」「伊勢佐木町ブルース」の作詞者、福田赳夫、鈴木善幸、宮澤喜一ら有力政治家のアドバイザー、テレビヒーローの元祖『月光仮面』の原作・脚本と、多様な顔を持つ川内は、日蓮宗の寺院の子として北海道函館市に生まれた。

 竹熊健太郎によるインタビュー集の『箆棒な人々 戦後サブカルチャー偉人伝』(河出書房新社)によれば、川内は小学校卒業後、家具屋の店員、炭鉱夫など数々の職業を転々としたのち、兄を頼って上京。以降は各種の文学作品、仏教経典、聖書やコーランほか数多くの古典を読み、独学を重ねる。やがて、新宿にあった映画関係者のたまり場のビリヤード場で働きながら、日活のスタッフの知遇を得て映画や演劇の脚本執筆を担当するようになり、東宝に入社すると、円谷英二の下で特撮の研究に関わった。

 1941年1月、川内は徴兵されて横須賀海兵団に入る。もっとも、上官の暴力に耐えかねて、気管支炎で海軍病院に入ったのを機に、完治後も仮病を使って軍への復帰を逃れ、6月には兵役免除となる。海兵団の面々は真相を知らないまま、海軍の作法どおり帽子を振って見送ってくれた。このときの心境を、川内は竹熊に対して「俺だけが脱走しているんだから、それは卑怯者ですよ! 間違いなく」と語っている。

 戦争に参加することなく生きのびた川内は、自分の代わりに外地で戦った人々に深い同情を寄せ、終戦後、シベリア抑留者の引き揚げ支援、逮捕された戦犯の解放運動などに携わる。特攻隊の遺書を公開する劇を企画したが、特攻隊の賛美と見なされて占領軍に呼び出された。GHQの取調官と討論した末、先方は川内に理解を示してアメリカへの留学を勧めたが、川内は戦没者の遺骨収集を行うために断ったという。

 戦没者の遺骨収集は1952年以降、厚生省(当時)が主導するようになるが、それまでは川内が私費で行っていた。この活動を通じて川内は、自民党、社会党の政治家と関係を深め、1964年に佐藤栄作内閣が発足すると、遺骨収集のため訪問していた東南アジア諸国でのODA(政府開発援助)の実態調査も担当した。それだけでなく、同じく遺骨収集に参加した元共産党員でアナーキストの竹中労、元海軍特務機関員で戦後政界のフィクサーも務めた児玉誉士夫と、左翼、右翼を問わず交流を広める。

川内康範『おふくろさんよ 語り継ぎたい日本人のこころ』(マガジンハウス)

 こうした一方、多くの映画やテレビドラマの脚本を手がけ、1958年2月に放送開始した『月光仮面』が大ヒット。そのテーマは単なる勧善懲悪ではなく「憎むな、殺すな、赦しましょう」だった(のち、2007年には「憎むな、殺すな、真贋糺すべし」と改めた)。これは非暴力の無抵抗主義を掲げたインドのガンディーの影響によるものだ。川内の平和主義は一貫している。晩年の著書『おふくろさんよ 語り継ぎたい日本人のこころ』(マガジンハウス)では、戦後の日本はサンフランシスコ条約で独立が認められた時に独自の憲法を定めるべきだったとしつつ、憲法九条の維持を説く。押しつけの憲法を逆手に取り、アメリカに対する自立の意志を示すべきだというのだ。

 川内は右翼の国士を自認したが、ただ単純に日本を賛美しなかった。戦後の繁栄に疑念を抱き、日本は守るに値する国かを自問し続けた。1972年に放送開始した川内原作の『愛の戦士レインボーマン』に登場する悪の組織・死ね死ね団の首領ミスターKは、かつて戦時中に日本人から虐待され、復讐鬼となった人物だ(竹熊のインタビューに対してミスターKはフィリピン人だと語っている)。死ね死ね団は人間の精神を破壊する違法薬物をばらまいたり、宗教団体を通じて大量の偽札を流通させて経済混乱を引き起こし、日本の人心を惑わす。レインボーマンは、敵の怪人を倒すことはできても、人々の心をなだめて平穏に落ち着かせることにはひたすら苦難する。

 同じく川内原作で1975年放送の『正義のシンボル コンドールマン』主題歌では、「命をかける価値もない それほど汚れたニッポンの 人のこころ」が数々のモンスターを生み出したと歌っている——こんなヒーロー主題歌はそうそうない。

 兵役から逃れた川内は卑怯であったかもしれぬが、その負い目による深い自問自答こそが、数々の名曲、名作を残したともいえるのではないだろうか。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる