“戦う女性”がヒットのキーワード? マンガ大賞受賞『ありす、宇宙までも』なぜ心を揺さぶるのか

 

売野機子『ありす、宇宙までも』(1) (小学館)

 3月27日に発表された「マンガ大賞2025」にて、『ありす、宇宙までも』が大賞に輝いた。多くの人が同作を絶賛しているのは、一体どんなところがポイントなのだろうか。本稿ではその魅力について、詳しく読み解いていきたい。

 

   同作は2024年6月から『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載されている作品。作者は『MAMA』などで知られる売野機子だ。

  物語の主人公、朝日田ありすは幼少期にバイリンガル教育を受けていたが、日本語と英語の両方が中途半端な習得に留まるセミリンガルの状態となっていた。そのことで周囲から孤立していたが、神童と呼ばれる少年・犬星類との出会いによって、人生が一変。自分のうちに眠っていた可能性に気づき、「宇宙飛行士になる」という夢に向けて動いていく。

  学校の勉強ができないどころか、日常会話レベルの日本語すら怪しかった少女が、やがて人類の夢を背負う宇宙飛行士になる……。地道な努力によって世界が一変していく様子は、あまりにもドラマチックだ。

  そんな同作で重要なのは、朝日田が抱える絶望の正体だろう。彼女は学校でイジメを受けているわけではなく、むしろ人気者とされているものの、実際には誰とも深く関わっていない。クラスメイトたちが彼女を評する時に使うのは、「かわいい」「美少女」「赤ちゃん」といった言葉だ。すなわち同じ人間とはみなされず、美しい人形のように扱われている。

  孤立の原因は、朝日田が上手く日本語を扱えないことにあるのだが、ここでは“人形扱い”の部分に注目したい。たとえば第1話の冒頭では将来、女性宇宙飛行士となった朝日田が記者会見に臨む様子が描かれている。そこでは記者の1人から、「これだけお綺麗だと女優という選択肢もあったのかな、と(笑)」という言葉を投げかけられていた。これは能力ではなく見た目だけを評価するハラスメント的な目線であり、朝日田がいかに社会で抑圧される立場なのかが伝わってくる。

  将来の姿はともかく、“今”の時系列で描かれる朝日田は言葉をもっていないため、自分のことを上手く表現できずにいる。当然その状態では、周囲に押し付けられるイメージから身を守ることもできない。そして彼女は日々の生活に疲れ果て、生まれ変わってやり直したいとすら考えるのだった。

  そんななか、犬星と出会ったことで朝日田の毎日は輝かしいものに激変。宇宙飛行士になるという夢を抱き、それを実現するための勉強を行うことで、「自分は一体どういう人間なのか」ということを次々発見していく。もっと強い言い方をすると、朝日田は犬星との出会いをきっかけに“誰かのお人形”から卒業するのだ。

  さらに付け加えておくなら、朝日田にとって宇宙飛行士とは、たんなる職業ではなく、“本当の自分になりたい”というかけがえのない想いに裏付けられている。同作が読者を感動させるのは、こうして人間の生き方そのものを問いかける物語となっているからではないだろうか。

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