新連載の構想も!? 「刃牙」シリーズスピンオフ作家&編集者が語る、原作へのリスペクトと広がる可能性

「刃牙」シリーズスピンオフ座談会

 漫画好きの“必修科目”であり、格闘漫画の金字塔として人気を拡大し続けている板垣恵介による「刃牙」シリーズ。人気キャラクターの多さとその強度の高さからスピンオフ作品も数多く生まれているが、なかでも異彩を放っているのが、『バキ外伝 烈海王は異世界転生しても一向にかまわんッッ』(以下『烈海王』)と『バキ外伝 ガイアとシコルスキー ~ときどきノムラ 二人だけど三人暮らし~』(以下『ガイアとシコルスキー』)だ。過去を掘り下げる物語や、舞台設定を変えたパラレルな作品ではなく、死後の異世界転生、因縁のある二人の共同生活と、思わぬ角度からのスピンオフで、いずれも本編へのリスペクトが感じられる意欲作としてファンに愛されている。

 リアルサウンドブックでは、『烈海王』の原作者・猪原賽先生、同じく漫画を手がける陸井栄史先生、猪原先生を担当している編集プロダクション「由木デザイン」の代表取締役・真島聡さん、秋田書店から「月刊少年チャンピオン」編集部の中村亮介さん、「刃牙」シリーズの編集を長く担当し、現在は宣伝部に所属する横井佑来さんの座談会を実施。両作の誕生秘話から、今後スピンオフ作品が読んでみたいキャラクターまで、じっくり話を聞いた。

※トップ写真は左から真島聡さん、猪原賽さん、陸井栄史さん、中村亮介さん、横井佑来さん。

ルポ漫画のバズから生まれた『烈海王』

ーー多くのスピンオフ作品が展開されてきた中で、『烈海王』と『ガイアとシコルスキー』はものすごい角度から「刃牙」シリーズの魅力を拡大する作品だと思います。まずは連載開始順で『烈海王』から、どんな形で企画が立ち上がって連載に至ったのか、あらためて聞かせてください。

中村:きっかけは陸井先生ですね。2020年に『月チャン編集部の秋田書店オンラインストア向上委員会』という実録漫画を描いていただいていたんですが、その打ち合わせのなかで出てきたアイデアでした。

睦井:その会議の様子をレポートする形で、実際に「異世界に転生した烈海王」の姿を描いてしまったんですよね。そのコマがバズって。

中村:それを見た編集長(信田敬介氏)が「一コマでこれだけの反響があるんだから、実際にやらないと」と言い出して。陸井先生はSNSでよく刃牙の絵を描いているし、「いけるのでは……」というのがスタートでしたね。ただ、この再現度で毎回描くのは作画だけでも大変なことなので、猪原先生にネーム原作をお願いしようと。

ーー最初は思いつきに近いアイデアで、それが予想外に転がって連載に至ったと。

陸井:これは大ごとになってしまったなと(笑)。ただ、本編から烈海王がいなくなってけっこう時間が経っていて、その間、スピンオフの話も聞かないし、ファンとして「誰か異世界転生させろよ」くらいに思っていたんですよね。異世界転生作品が流行しているなかで、当時の「チャンピオン」系列の雑誌には同ジャンルの漫画があまりなかったこともあって、「誰かやればいいのに!」と。

ーー猪原先生は今や小林幸子さんも異世界転生(『異世界小林幸子~ラスボス降臨!~』)させていますが、ネーム原作の提案を聞いて率直にどう思いましたか?

猪原:自分自身、「刃牙」シリーズの長年のファンなので物怖じするところはありましたが、それでも関わりたいなと思って、真島さんと相談して実際にネームを作っていきました。

真島:板垣先生の作品を二人で研究しましたね。例えば「一コマで二人以上会話しない」など、板垣先生の漫画にはいろいろな特徴があるんです。当初は「これは板垣漫画になっていない!」と、毎回議論を重ねました(笑)。

猪原:最初は月刊誌のフォーマットに合わせて、40ページのネームを作ったんですが、編集部から「週刊誌と同じ20ページの話を2話同時掲載にしたらどうか」というお話をいただいたのも大きかったですね。毎回、週刊連載っぽく扉絵もつけて。

中村:1話40ページだと、ネームがどうしても刃牙っぽくないんです。20ページにしていただいてから、ネームがグッと刃牙っぽく見えてきました。

ーー実際に本編の延長線上にある作品と思えるくらい、違和感がないのがスゴいですね。扉絵でも刃牙っぽさが強調されています。

中村:毎回、陸井先生がそれっぽいものを描いてくれて(笑)。

猪原:扉絵は完全に陸井先生にお任せしていて、息抜きのように楽しんでもらえるのではないかと思ったんですが……。

陸井:実は苦しんでいますね(笑)。顔のアップが続かないように、と考えていたり。

中村:読者に絶対に伝わらないパロディもあるんですよね。19話と20話の扉絵は、月チャンの「烈異世界」のコラボグラビアで登場していただいたえなこさんと伊織もえさんがクリアファイル付録で披露してくれたポーズを再現していたり(笑)。

ーー本編の作画について、陸井先生はどんなことを意識していますか?

陸井:猪原先生と真島さんがそうされているように、「仮に板垣先生が描いたらこうなるだろうな」というシミュレーションはしています。

猪原:ネーム原作なので、基本的に構図は僕が描いてはいるんですが、本当に指先の細かな角度まで含めて、板垣先生が描かれそうな形にアジャストした原稿を仕上げていただいているので、毎回楽しいですね。

ーー本作は板垣先生の「非公認」作品ですが、ここまでしっかり続いていることを考えると、そのリスペクトが伝わっているのかもしれませんね。

陸井:「これはやっていいのかな……」と、いつもビビりながら描かせていただいています(笑)。

猪原:僕らも長い間「刃牙」シリーズを読んできたファンとして、自然と「烈海王はこんなことはしないな」という匙加減は体に入っていると思うんですが、それがもし板垣先生の感覚とズレてしまったら……という怖さはやっぱりありますね。特に連載開始当初はかなり悩んで、何度も描き直したりしました。

オリジナルキャラの参戦も進む『ガイアとシコルスキー』

ーー一方、『ガイアとシコルスキー』は刃牙シリーズのお茶目さや可愛らしさがうまく抽出されていて、読んでいるとただただ面白いのですが、冷静になると「誰が考えつくんだ」というぶっ飛んだ作品にも思えます。

中村:こちらも「スピンオフができるキャラクターは誰だ」みたいな会議があって、そのなかで出てきたアイデアですね。異世界転生は基本的に死亡したキャラでなければできないし……と。

横井:板垣先生がケンドーコバヤシさんと対談したとき、天内悠と柳龍光については死亡したことを明言したことがありましたが、のちに柳は生きていたことが判明しますし(笑)、本編への影響を考えると難しいところはありますね。ただ、花山薫など本編にもしっかり出ているのにスピンオフになっていますし、あまり考えすぎても進まないというところもあって。

中村:それでいうと、異世界転生もそうですが、板垣先生自身があまり知らなくて、スピンオフにする意味があるジャンル、というのはポイントかもしれないですね。会議の中でも、グルメものやキャンプものなんかは板垣先生が描いた方が……というなかで、キャラクターのまったりとした共同生活という話なら面白いのではと。そのペアを考えていったときに、ガイアとシコルスキーというアイデアが出てきました。1話20ページの構成もそうですし、『烈海王』の成功例があったからこそできた作品ですね。

ーー陸井先生と猪原先生は、同じく「刃牙」シリーズのスピンオフを手がける立場から、『ガイアとシコルスキー』をどうご覧になっていますか。

陸井:率直に「どんな話になるんだろう」と。僕もガイアだったら、サバイバルの達人ですからそれこそ「キャンプ」のようなものが思い浮かびますが、シコルスキーと同棲する話というのはどういうことなのかと(笑)。でも、実際に読んでみると「シコルスキーがリベンジに来る」というところから始まるストーリーの流れも自然で、テンポがよくてスゴいな、面白いなと思いました。

猪原:二人の日常を描くというので、ネタがすぐに尽きてしまうのではないかと思ったのですが、毎回面白い内容になっているので、これはスゴいなと。

ーーいろんな意味で攻めた内容で、ほかのキャラクターもシレッと登場していますね。

中村:そうなんですよ。本部以蔵とかストライダムとか、オリジナルのキャラクターをけっこう出していて、『烈海王』でも、例えば「過去にこんな闘いがあった」という形で読者の好きなキャラクターを登場させることができたら、さらによろこんでいただけるのではと。

真島:『烈海王』でも回想的にオリジナルキャラクターが出てきたことはありますが、あえて目を描かなかったり、陸井先生はきちんと配慮されていましたね。

中村:もちろん線引きはしっかりしつつ、本編とのリンクは考えていきたいです。

陸井:例えば、忘れ去られている設定を使わせていただくとか、本編を補完するようなことができたら面白いな、と思っています。

猪原:詳しくは言いませんが、万が一、烈海王が本編で生き返るとなったとき、整合性が取れるような終わり方も考えていますね。

ファンの反響と本編へのリスペクト

ーー横井さん、長く「刃牙」シリーズを担当され、現在は主に宣伝という分野で作品に関わるなかで、スピンオフ2作品の反響をどう捉えていますか。

横井:アニメ化も含めてファン層が圧倒的に拡大しているなかで、世界観を広げる作品として受け入れられていると思います。そもそもキャラクターの強度が高いから、ファンの皆さんは歓迎してくれていますし、ある意味では何をしても大丈夫なのだろうと。現在アニメの制作が進んでいる『刃牙道』では烈海王のスピンオフが生まれるきっかけとなった宮本武蔵との戦いも描かれているので、また盛り上がると思っています。

猪原:本編のアニメで烈海王が死亡した次の週から、本作のアニメを同時に放送すべきです(笑)。「キャラクターの強度が高い」というのは本当にその通りで、水島新司先生が『ドカベン』を描かれていて、岩鬼がホームランを打ったことにご自身で驚かれた……という有名なエピソードがありますが、烈海王も同様に自分で動き出す強いキャラクターだと思うんです。それをお借りしているんだ、という思いで作品と向き合っています。

横井:板垣先生は、実際に行われている戦いの現場にカメラを持って降りて行って、取材をしているようなつもりで漫画を描いている、ということをたまにおっしゃるんです。異世界は取材できないし、日常にあえてカメラを向けることも少ないと思うので、この2作品はまさに本編では描かれないことをリスペクトを持って漫画にしているところが大きな魅力なのではと。

ーー本編のキャラクターや設定を借りるだけでなく、深いリスペクトのあるスピンオフ作品だというのは、ファンの共通認識だと思います。

猪原:そうだとありがたいですね。「刃牙」シリーズは読んだことがないけれど、異世界転生ものが好きだから、という理由で読んだ人が本編を読み始めた、という声が聞こえるのが一番うれしいです。人気キャラの死亡という、ものすごいネタバレを食らった上で読むことになってしまいますが(笑)。逆にいうと、そういう読者の方に「本編では全然違うキャラじゃないか!」と言われないように、最大限気をつけなければと思っています。

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